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今行けるメンバーのみで緑谷の見舞いに行った。
緑谷は目を醒ましていた。
昨日行った時にはまだ目を醒ましていなかったので安心した。
実は昨日、切島と少し話をした。
そして八百万の見舞いに行った際、八百万が合宿襲撃の際に脳無に発信機を取り付けていた事、そしてその受信デバイスをオールマイトに渡しているところを見た。
…助けられなかった。何もできなかった。
だから、今度はこの手で彼女を救い出したかった。
今日の夜、轟は爆豪と零仔を救出に行くつもりだ。
切島は行く。緑谷は分からない。八百万にもそれを言えば、「考えさせてほしい」と言われた。
無理もない、だが。
ここで行かなければ、あの時彼女が伸ばしかけた手を二度と取れないと思ったから。
病院を出る。
そのまま、轟の足は自然とある場所に向かっていた。
つい最近来た場所だ。
この前までどこか温かみさえ感じていたのに、今はこんなに門を潜るのが重くて、怖かった。
それでも、意を決して足を踏み入れ、インターホンを鳴らす。
パタパタと中から駆けてくる音が聴こえて、扉が引かれた。
「……!焦凍くん……」
「………どうも」
零仔の祖母だ。
見るからに憔悴している。胸が酷く痛んだ。
「中へお入り」と促され、会釈して上がった。
―――彼女がいなくなったこの家は、こんなにも寒かっただろうか。
お茶を出され、テスト勉強の時に皆で一緒に囲んだ長机に祖母と向かい合って座る。
祖父は縁側に座っていた。祖父も轟に気づくと立ち上がり、祖母の隣に腰掛けた。
酷く重い空気だった。
「…焦凍くんが、無事でよかったわ。他の皆は、大丈夫だった?ごめんなさいね、お見舞いも行けずに…」
「いえ…葉隠と、もう一人はまだ意識が戻ってなくて…後は意識も戻って、無事です。まだ目が醒めてない奴らも、じき気が付くだろうって、先生が」
「…そう」
テスト勉強に来ていたから、祖母は葉隠を知っている。
意識不明だと聞いた時の彼女の表情は強張っていた。
零仔が初めて連れて来た友人だからと、嬉しそうに接して可愛がっていたあの日がついこの間の事だ。こんなことになるなんて思ってもみなかったのだろう。
普段は無口な祖父が、重く口を開いた。
「……零仔は、……私達の大切な娘だ。血が繋がっていなくとも子供に恵まれなかった私達を、『親』にしてくれた、大切な可愛い娘だ」
「……はい」
「あの子は何も言わなかったが…雄英に入りたがっていたのが、自分のトラウマと向き合い克服する為だと薄々わかっていた。あの子は自分を恐れていた。…私に出来たのは、あの子を信じて送り出す事だけだった」
祖父は普段厳格だ。それはそこまで付き合いの長くない轟でも分かる。
祖母が零仔をとても可愛がる分、祖父は厳しく接してきたのだろう。それでもそこに深い愛情が込められている事は、分かる。
雄英に入りたいという娘を容赦なく厳しく鍛えて来た事にもそれが表れている。
轟も父に鍛えられてきたが、そこに含まれる意味には明確な違いがあった。エンデヴァーは息子をナンバーワンにするために。彼は、娘を守るために。
「…娘を送り出した事を、…後悔した。今」
「…!!」
「あの子が自分を乗り越えようと決心して門を叩いた。それでも、それでもだ。あの子の覚悟を踏み躙る事を言っているのは分かっている。…それでも、後悔した」
「あなた……」
「あの子が負った傷は浅くない。乗り越えさせるのではなく、…療養させるべきだったと後悔した自分がいる。情けない、あの子を鍛えて送り出しておいて今更…何を言っているのだと自分でも思う」
それが親心だと、母の愛を知る事ができた轟にはわかった。
例え零仔の気持ちを踏み躙る事になっても、彼女を守りたかったのだ。それは愛しているからこそだ。
でもそれが出来るのも、親だからだと思える。
「……零仔は、雄英ですっげえ頑張ってます。先生からの評価も高いし、…担任、すっげえスパルタな人なんですけど、その人もすげえ評価してる。…それは、二人が親だったからこそだと思う」
「…!」
「…俺はあいつの気持ちを無視できねえから。俺だってあいつには、できればもう傷つかないでいてほしい。でも、…あいつはそれ以上にきっと雄英が好きだから」
「…………」
「あいつは確かに二人からしたら可愛い娘かもしれない。でも、あいつと戦った俺からしたら、あいつはすげえ強い奴だった。…そこまで零仔を育てたあんたが、…否定しないでやってくれ」
一人のクラスメイトとして、ライバルとして、仲間としての言葉だった。
彼女の頑張りを知っている。壮絶な過去も。それを乗り越えようとしていたことも。
仲間からの視点でしか分からない事を伝えたかった。二人の愛情が彼女を覆い隠してしまう前に。
祖父も祖母も、それを分かっている。
それでもだ。二人は親としての気持ちを伝えなくてはならなかったし、轟も仲間としての意見を言わなくてはならなかった。
どちらも正しいのだ。だからこそ、祖父は「…そうだな」と、轟の言葉を否定はしなかった。
「…焦凍くんは、零仔のことをよく見てくれているのね」
「……そう、なのかも、しれない」
「…あの子ね、この前…大きなヒーローのぬいぐるみ抱えて帰ってきて。どうしたの、って聞いたら、「焦凍くんが取ってくれたの!」って、あんなに嬉しそうに話してて…」
轟がいつかのゲームセンターで取った、ぬいぐるみの事だ。
ゲームセンターで見かけて、零仔がじっとそれを見て悩みに悩んで財布を出し始めるまで、見ていた。
ギャングオルカが好きだと言っていたから、そのぬいぐるみを見ていた時にあれが欲しいのだと云うのはすぐに分かった。
「あの子ね、自分で欲しいものをねだった事が一度もないの。…あのぬいぐるみ、ただじっと見ているだけだったでしょう?」
「はい、じっと見てて…」
「…私達は、あの子の欲しいものにいつも気づけないままだった。あの子は賢いから、自分が欲しがってるって気づかれちゃダメだって思っているの。…でも、焦凍くんは気づいてくれていたのね」
祖母が嬉しそうに、だがどこか寂しそうに言った。
親心は本物だ、零仔だってそれを知っている。祖父と祖母をいつも愛おしそうに見ているのを知っている。
だが彼女は同時に強く、嘗ての父に縛られていた。きっと我が儘の言い方も知らず育ってしまった。
当たり前に欲しいものを、何も言えないまま。
「…焦凍くんと会ってから、あの子はどんどん明るくなった。…あなたがいてくれて、本当に良かったわ」
「ああ。…本当に、元気になった。ずっと礼を言いたかった。…ありがとう」
「っでも、俺は結局…!」
「あの子を助けようとしてくれていたのは知っているわ。それは、あなたの所為じゃないの」
祖父祖母とて、あの合宿で起こった全容を知っているわけではない。
それでも、ここに轟が来たことで分かっていたのだろう。
結果的に救えなくとも、轟が必死で零仔を助けようとしていた事を。
「……あの日、あの時俺は零仔に手を伸ばせる距離にいたんだ。なのに、掴めなかった。あいつを助けられなかった…あいつに、助けられた」
助けられなかったんじゃない。
あの時彼女は手を伸ばしかけて、轟の手を取りかけて、引っ込めた。
その理由はきっと、轟の手を自分の血で穢したくなかった。でもそれ以上の理由があった。
零仔は、あの手を取れば轟まで敵に連れ去られるかもしれないと思ったから、手を自ら引っ込めたのだ。
あの謝罪は、手を伸ばして救おうとした轟の思いを踏み躙った事へのものだ。
ヒーローがするべき無償の助けを、踏み躙る行為への。
だが、轟は確かにあの瞬間彼女に助けられていたのだ。
また、彼女に命を救われていたのだ。
だから。
「だから、…今度は俺が、零仔を救い出す」
例え望まれてなくたって、救い出す。
もし彼女を救えないならヒーローになんてなれない。
祖父と祖母の気持ちは分かった。
守りたいのと救いたいのは本質的には違っていても、零仔を想う気持ちは同じなのだ。
守るのは親にできる事。そして救うのは、それ以外でないとできない事だ。
轟の言葉に、とうとう祖母は涙を流した。
救いを待っていたのは、二人とて同じだった。
娘を救ってやりたい、それでも自分達にはそれが出来ない事を歯痒く思って、できるのは娘を信じてやる事だけ。
それがどれだけ辛い事か、待つという事がどれだけ苦しい事か。
泣きはらした祖母が、涙ながらに轟に訴える。
「おねがい、焦凍くん……娘を、救けて……」
救けて、ヒーロー。
縋る人々は、ヒーローにその願いを託すのだ。
二人は轟に、英雄の卵としてではなく一人のヒーローとして、娘を大切に想ってくれる者としての願いを、託してくれた。
「――――絶対に救け出す。『ヒーロー』だから」
幼い頃に約束した、拙いものを、守る。
口約束に紛れた小さな願いを、今こそ叶える。
彼女のヒーローになってみせる。