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ぽろぽろと涙がとめどなく溢れてくる。
彼の怒りに触れたからじゃない。その怒りがあまりに優しいものだったから。
泣く事を赦してくれる怒りだった。
「………、……いいの?」
「……?」
「……わたしは、あなたに手を伸ばしても、いいの?」
その問いに、轟は痛いくらいの力で掴んでいた零仔の手と頬を離した。
代わりに、その掌を包み込む。力なんて籠ってすらいないのに、振り解く猶予も与えてくれない強引なそれ。
「手を伸ばさねえなら、俺が掴みに行く。伸ばせねえなら猶更だ。お前が、『伸ばしたい』と思ってくれるまで、俺は何度でもそうする」
「………、ほんとうに?」
「ああ。…俺は、そうやってお前に救われた。そして何度でもお前はそうして俺を守ってくれていた。…次は俺の番だ」
(親父に何度囚われたって、お前は何度でも俺に憧れと夢を思い出させてくれた)
彼女と共に思い描いた理想を、彼女は何度でも思い出させて、一緒に目指してくれた。
それが彼女にとって些細な事でも、その事がいったいどれだけ轟の救い成りえた事か。
何度でも救ってくれた彼女を、今度は轟が拒まれようと何度でも手を差し伸べる番なのだ。
「……貴方の隣に、いても、いいの?」
「いなきゃ困る」
「…でも、私なんかよりずっと他に、」
「知るか。俺は、お前『が』いい。…お前がいいんだ。お前じゃなきゃ、駄目だ」
強引だ。
でも、零仔が自分から行けないからこそ、彼は強引に手を引いてくれる。
轟は痛い程真っ直ぐに零仔の目を見て、言った。
「手を掴んでくれ、零仔。……最後の最後はお前達が望まなきゃ、ヒーローは何もできねえんだ」
『それ』を求める権利は誰にだってある。
夢見る子供も、罪人にも。生きている限りそれは赦される。
赦さないのは、その人本人なのだ。
(ああ、わたし、)
あの痛みは5歳までのもので。
あの事件があってから、零仔を傷つける父親はいなくなった。
それでも零仔が苛まれ続けていたのは、彼女の中の父親の記憶がずっと自身を苛み続けていたからだ。
それは即ち、自分自身が一番自分を赦せなかった、それだけのこと。父の姿を借りた幼い自分が、今の自分を苛み続けていただけのこと。
だから。
(ずっと、誰かにそう言って欲しかったのね)
ヒーローなんて、自分には現れない。
その内、ゆっくりゆっくり痛みなんて風化していって、自分も風化していくんだと思っていた。
その諦めで『それ』を踏み躙ってきて。そんなものなんて抱いてないと、そんな振りをしてきただけだった。
本当はずっと求めていた。知らない振りはもう疲れてしまった。
いつか、いつか現れたら。いつか――――――
『もう大丈夫』
わたしの『ヒーロー』が、現れたら。
「っ、ぅ、焦凍、く、」
「ああ」
「………、」
ずっと、言いたかったことがある。
「ったすけて……!!」
ヒーローの腕が伸びてくる。
その腕は優しく、でもとても力強く零仔の身体を抱きしめた。
温かい。いつかの、あの夜のように。
背中を優しくさすってくれる。どれだけ泣こうと受け止めてくれる。でも、あの夜のような孤独はもうない。この腕がすべてを抱きしめてくれている。
「…ああ、やっと、縋ってくれたな」
「ぅあ、ああぁあ……!」
「もう大丈夫だ」
泣きじゃくり嗚咽でまともに何もできない零仔をあやすように言葉をかける。
脳裏で浮かぶのはあの日のことだ。
『僕も、強くてカッコイイヒーローになったら。…君を守るんだ。母さんも、君も、一緒に』
『………えへへ、すごいや。じゃあ、その時は、『私が来た!』って、ヒーローしょうとくんが、私を助けてくれるんだね!』
「俺がいる」
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