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俯いて少し温くなったマグの中のミルクをぼんやりと眺める零仔に、蛙吹は食べ終わったゼリーの器を横に置いて、手を重ねた。
いつの間にか手袋をしていなくても、触れられても平気になった。
蛙吹に触れられるのは平気なのに、轟に触れられるのはどうしてあんなにも怖くて、緊張するんだろう。

「零仔ちゃん。例え貴方が望まなくても、いつか全部変わるの」

蛙吹の声は静かだった。
その目の力だけが雄弁に強さを物語る。

「貴方が怖いのは仕方がないわ。…常に怖がって、予測しないと生きて行けなかったのよね」
「…うん」
「でもね、私には分かるわ。貴方は、貴方達は大丈夫よ」

蛙吹の言葉に、俯いていた顔を上げた。
彼女の小さな瞳に、不安げで情けない表情をした自分が映っている。

「一歩だけでいいの。勇気を持って、轟ちゃんに歩み寄ってみて。彼は絶対に貴方の前からいなくならないわ」
「……そう、かしら」
「絶対よ。貴方達、お互いにあんなに大切に想い合っているもの。…零仔ちゃんが辛いのは、私も辛いわ」

何度だって背中を押してくれる彼女に、失う事への恐怖が揺らいでいく。
本当に彼に気持ちを伝える事は―――今までの全てを壊してしまう事にはならないのだろうか。
失う事は怖い。変わっていく事が怖い。
でも、それ以上にずっと怖い事がある。

「……梅雨ちゃん、…八百万さんや麗日さん達は、…私の事、綺麗って前、言ってくれてたの」
「ええ」
「でもね、……私、ほんとは……綺麗、なんかじゃないの……」
「零仔ちゃん、」
「ほんとは全然綺麗なんかじゃないの、わたし、ほんとうは、」

不安が涙になって目から零れる。
ああ最近、泣いてばかりだ。蛙吹が傷だらけの身体を抱きしめてくれた。
この一枚の服の下が傷に覆われた身体である事を誰も知らない。きっとまだこの身体の事を皆に知らせるには、勇気がない。
泣く事しかできない。不安に震える事しかできないのだ。

可愛いものが好きなのは、憧れの裏返しだ。
自分がどんなに頑張っても可愛いものにはなれない。綺麗なものにはなれない。
きらきらしたあの場所へはいけない。
魅力的な女の子達と同じようにはなれない。自分は魅力的で可愛くてきれいな女の子には、どうしてもなれないのだ。

「皆みたいに、きれいで、可愛い女の子じゃないの。ふつうの女の子じゃないのにわたし、」
「そんな事ないわ。零仔ちゃんは綺麗よ」
「でも、わたし…」
「こんなに綺麗な恋をしてるんだもの、恋をしてる人は綺麗になるっていうけれど、私もそう思うわ。零仔ちゃんはとっても綺麗で、可愛い女の子よ」

人の美しさというのは理屈じゃない。
蛙吹は確かに零仔と彼女の恋を、美しいと思った。一途で純粋が過ぎるそれがあまりにも透明で。

「貴方は充分過ぎるくらいに魅力的な女の子よ、零仔ちゃん。大丈夫。あとあなたに必要なのは勇気だけよ」
「ぅぅ、う……」
「気持ちを伝えるって事はね、決して悪い事じゃないの」

お互いの本当の気持ちを知っている蛙吹は思う。
絶対に、絶対にこの二人は幸せになれるはずなのだ。後は互いの勇気だけ。
想いも覚悟も充分あるなら、後は幸せになるだけ。


(絶対に幸せになって、零仔ちゃん)


怖いだろう、辛いだろう。
痛い程に伝わってくる恐怖を胸の中で抱きしめた。
もう十分だ。もう十分零仔は耐えただろう。彼女の幸せを許さないのは彼女自身だけだ。自分の幸せは許されるのだと、教えられるのは轟と自身だけだ。


「絶対に貴方は幸せになれるわ。幸せになりたいという気持ちが少しでもあるなら、あとは手を伸ばせばいいだけよ」



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