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その日の訓練を終え、放課後。
零仔は光山を校舎裏に呼び出した。
そう時間もかからない内に光山はやってくる。
「栂野さん、すまない!待たせた?」
「いえ、お気になさらず」
あの時の自分に比べたら相当早いだろう。
走って来たのかもしれない、彼の息が整うのを待った。
整った後、彼は背筋を伸ばして零仔に向き直る。
「それで…返事、聞かせてもらえるんだったね」
「…はい、その…」
零仔は唇を引き結び、覚悟を決めると、静かに頭を下げた。
「…ごめんなさい。私は、…先輩とは、付き合えません」
「っ!?あ、頭を上げてくれ!そんな深々と頭を下げなくていいよ!」
「で、でも…」
「いいから。頭を上げて」
先輩にそう言われたので、頭を上げた。
断られた光山は頭をポリポリと掻いた。
ダメだったか、と少し悔しそうな顔をしながら。
「すごく…申し訳ないんだけどさ。理由って、ある?」
「あ………その、私は……、好きな人が、いるんです」
「…!」
「………ずっと好きな人が、いるので。…先輩とは、付き合えません」
「……そっか」
好きな人が、いる。それでも考えさせてくれと答えたのは、最低だ。
それでも光山は何も言わずに納得してくれた。
零仔気持ちを汲み取ってくれた。
「…はは、悔しいなあ」
「…ごめんなさい」
「いや、君じゃなくて。…君にそんな顔をさせた相手にだよ」
「え…」
「本当に好きなんだね、その人の事」
頷いた。
本気で好きだ。恋をした。
辛い事ばかりで苦しい事もたくさんあった。でもそれに救われた事だってあった。
捨てられないなら、一緒に生きるしかない。
「応援しているよ」
「……!」
「俺を振った代わり、というワケでもないけどさ。その恋が、実る事を祈ってるよ。何だか君、すごく応援したくなるんだ」
「……ありがとう、ございます」
光山は優しい人だった。
彼に愛された人は、きっと幸せになれるんだろう。その可能性を蹴ったのは自分だ。
彼を運命にする事はなかったけれど、彼と話せてよかったと思う。痛いくらいの誠実さは、零仔の足場を固めてくれた。
今度こそ、退路は無くなった。
後は前に進む事だけが、零仔に残された道だ。
寮に戻ってくる。
大分遅くなってしまった為か、帰って来た時には皆風呂に行っているのか共用スペースには誰もいなかった。
一旦部屋に荷物を置きに行こうとエレベーターに向かおうとした矢先。
曲がり角で壁が急に表れた。
「ぅお、っ」
「うわっ」
お互いに直前で止まれたために衝突までには至らなかった。
今の声は、と見上げる。
「帰ったのか。おかえり」
「…ただいま」
轟だ。轟も今から風呂に入ろうとしていたのか、タオルと着替えを小脇に抱えている。
「手紙の返事に行ってたのか」
「えっ…あ、うん」
「そうか」
その手紙の後に何があったのかを、轟には言っていなかった。
それでもその様子だと、それがいったい何だったのかの察しはついているようだった。
―――ここで、言わないと。いや、今なら。
「っあのね、焦凍くん!」
「っうお、」
「あっごめん」
突然の勢いに気圧されたのか轟が仰け反った。
何だか申し訳なくなったのとすごく恥ずかしくなった。既に逃げたい。
こっそり深呼吸して、今度は落ち着いて。
「…えっと、その」
「今度は落ち着けよ」
「分かってるわよ!……仮免試験、終わったら。…貴方に話したいことがあるの。…いいかしら」
「!」
轟は驚いたように目を軽く見開いた。
だがすぐに目元を緩める。
「…丁度いい。俺も、お前に言いてえ事がある。本当はお前が、あの時、意識が戻った時に言おうと思ってたんだけどな。…ゴタゴタしてて結局言えなかった。お前も大変だったしな」
「………」
「全部終わったら一回、お互いに腹割って話そう。…だから、仮免。お互いに頑張ろうな」
「…うん。頑張りましょ」
お互いにモヤモヤを抱えていたのは確かだ。
だから、全部終わって落ち着いたら一緒に話そう。
全部、未来の自分達に任せて今の自分達は為すべきことを為すだけだ。
昔のように戻れたわけではないけれど、彼とこうして屈託なく笑い合ったのは久しぶりだった気がした。
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