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夜嵐と暫く語り合っている内に、大分控室にやってくる通過者も増えた。
(焦凍くん、まだ来てないのかしら…)
周囲を気にし始めた零仔に、夜嵐も周囲を気にし始める。
「誰か待っているのか?」
「まあ、そうともいうわね。彼の事だからもういるかもしれないけど…」
「仲がいいんだな!友達がちゃんといるようで良かった!!」
「何か貶された気がする」
まあ受験時の零仔はとても友人ができるような人間には見えなかったからだろう。
夜嵐の零仔へのイメージはその時点でストップしていたのだから、当然と言えば当然か。
士傑生も雄英生も着々と集まり始めている。そろそろだと思うんだが。
「貶してないぞ!まあ確かに最初の栂野は大分暗かったが――――……」
いやそれ既に貶しているだろ、と返そうとした。
だが、夜嵐の視線は零仔に向けられているのではなく、少し向こうの――――いつの間にか通過してきていた轟に向けられていた。
その目線に、一瞬心臓が嫌な音を立てた。その目付きは、とてもあの明るい夜嵐とは思えないくらいに薄暗く鋭いもので、友好的な目付きとは遥かに言い難い。
夜嵐と視線が合ったのか、轟もこちらを見ていたが、零仔の姿を視認したのかいつもの表情をほんの少しだけ緩めた。
「あ…!轟くん通過できたのね!よかった!」
「!………栂野、もしかして待っていた友達っていうのはあの人の事か?」
「えっ…えっと…まあ、うん。そうね。覚えてる?入試の時一緒だったんだけど」
「そうだな。よく覚えてる」
夜嵐の声が、固い。
緊張のそれじゃない。不穏さすら感じられる。
決していい気配じゃない事は確かだ。
だが、それを気にしている場合ではない事も確かだ。触れた所で意外にも夜嵐は意識を逸らすのが上手い。はぐらかされて終わるだろう。
「じゃあ、私そろそろ行くわね。いっぱいお話してくれてありがとう」
「…ああ!二次試験もベストを尽くそう!」
「ええ、頑張りましょ!」
そう言って一旦夜嵐と別れた。
轟はベンチの座っていたところから軽く体をずらして、零仔が据われるスペースを作った。
「一抜けだってな、すげえ」
「制御ミスっちゃって…結果的に吉と出ただけよ」
「そうか。……あと、あの夜嵐って奴とお前、知り合いだったのか」
「え?夜嵐君?」
やっぱりあの視線を受けて気にしていたのかもしれない。
実力が自分以上だと試験結果では出ていたのだ。気にするのも当然と言ったところか。
「推薦で一緒だったし。その時に顔見知りになったの。友達というより知り合いに近いわ」
「…推薦で一緒って事は、入試の時に会ってる筈なんだが…」
「覚えて無い?」
「おう」
夜嵐は轟の事を「よく覚えている」と言っていた。一方轟は覚えていないという。
あの時の轟は何も見えていない時期だったから、やはりここらへんで擦れ違いがあるのだろう。
嫌な予感がすんなあ。
それから暫くゆっくり身体を休めている間に何と試験は終了。
なんとなんと。雄英生、この状況下で全員一次試験合格だ!やった!!
「すごいじゃない、みんな」
「そういや栂野序盤のあの爆発どうした?クレーター出来てたぞ」
「それに関しては突っ込まないで欲しいわ」
「お、おーそっか!」
切島はいい奴だ。触れないでいてくれる。
本当にいい奴だよ。
全員でハイタッチをしていると、控室のモニターに先程のフィールドが映し出された。零仔が開けたクレーターまでくっきり見える。やめちくり。
『えー100人の皆さん、これご覧ください』
次の瞬間。
フィールドが爆発した。
正しくはフィールドの建物が軒並み爆発し、崩れて災害地域の如き姿になってしまったと言った方が正しいか。
な、何故……
《次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます》
成程、救助訓練か。
《ここでは一般市民としてではなく仮免許を取得した者として…どれだけ適切な救助を行えるかを試させていただきます》
「む…?…!!人がいる」
「え…あァ!!?」
障子の言葉にモニターを凝視すると、確かに人がいる。
老人や子供だ。何をしている?
《彼らはあらゆる訓練において今引っ張りダコの『要救助者』のプロ!!》
「要救助者のプロ!?」
《『HELP US COMPANY』略して『HUC』の皆さんです》
要救助者のプロって…世界にはいろんな職業があるんだな…
《傷病者に扮した「HUC」がフィールド全域にスタンバイ中。皆さんはこれから彼らの救出を行ってもらいます》
この試験は自分達の救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とする。
なるほど。
救助活動は、雄英にとって不利だ。なんせ本腰を入れて授業を行われていないからだ。しかも1年、周りは皆2年だ。
経験の差がここで出てくるだろう。
次の試験、大変な事になりそうだ。
***
試験まで10分ある。
その間何だかあちらの方が賑やかそうだった。
トイレに行っている間になんか色々あったんだな。
「あら、零仔ちゃんお帰り」
「ただいま。…敢えて聞くけど、峰田くんと上鳴くんは何緑谷くんに怒鳴り散らしてるのかしら」
峰田と上鳴が緑谷に只管、最早制裁ともいえるかのような攻撃を行っていた。
憎しみのこもった峰田の拳と上鳴の拳に緑谷は完全に腰が引けている。あの面子だ、大体察した。
「士傑生にボディースーツの女の人いるじゃない?緑谷ちゃんがあの人と色々あったそうよ」
「飢えてんなあ……」
峰田、上鳴よ。嫉妬は何も生まんぞ。
生暖かい眼でそれを見ながら、切島が食べているパンを取りにあまり行きたくはないがその方面に足を運んだ。
切島がお帰り!と笑顔で迎えてくれる。本当にいい奴だ。
「大変そうね………」
「な。……あ、おーい!お前ら、士傑こっち来てんぞ」
切島が士傑がこちら側に向かってきているのに気づいて態々声をかけた。
毛むくじゃらのあのモリゾーのようなムックのような士傑の先輩が、爆豪に声をかけていた。
あのモフモフ、シャンプーとか大変そうだな。いやアレシャンプーで洗うんだろうか。いやでも毛だからボディーソープだとギシギシに…?
そんな死ぬほどどうでもいい事を考えている間に色々と話が終わってしまっていたようで、さっさと士傑生が戻っていく。
しまったボーっとしてた…と頭を軽く振っていると、先程緑谷たちの争いの種だったボディースーツ女子がこちらへ来た。
「はァい」
「…?ど、どうも……」
「……ふゥん……」
め、めっちゃ見られている。
肌綺麗だな。つーか胸デカいな。スタイルいいな。羨ましい。
美人にじっと観察されているのは居心地が悪くて、思わず目を逸らすと彼女はクスリと笑った。
「カワイイねぇ」
「…え、っと…」
「ウン。やっぱり…キレイだねぇ、キミ」
本心が全く読めない。次の行動が読めない。
なんだ、この人は…なんだか腹の底を探れなくていたたまれない。
「栂野零仔ちゃん。とっても強くて、キレイだね」
「…は、はあ…どうも……」
「やっぱり欲しいなあ」
「え?」
「こんな所にいるの、勿体ないねぇ」
彼女は何を言っている?何のことを言っている?
この嫌な感覚はなんだ。何故こんなに気分が悪い?
彼女は一体、零仔の『何』を見て言っている?彼女はクルリと背中を向けて、先に向こうへと行き始めている士傑生の後についていった。
そんな中、轟が徐に、夜嵐に話しかけた。
「おい、坊主の奴。…俺、何かしたか?」
「!…………ほホゥ」
夜嵐は先ほどまでいつもの表情だったのに、轟を認識した途端、『あの目』になった。
ゾクリとした。
純粋に、それは嫌悪を示す目だった。夜嵐がそんな目をするとは予想もしなかったから、その分酷く、腹の底から焦躁に似た嫌な感覚が這い上がってくる。
「…いやァ申し訳ないっスけど…エンデヴァーの息子さん」
「!?」
「俺は、あんた『ら』が嫌いだ。あの時よりいくらか雰囲気変わったみたいスけど…あんたの目は、エンデヴァーと同じっス」
エンデヴァーと同じ、目。
再び突き付けられた『血』の呪いだ。
轟の表情が変わった。
「……その目で何をそこまで憎み切ってんのかは知らないスけどね。あんたはいつか、栂野を傷つけるっスよ」
「!!」
「…!」
夜嵐からの思わぬ言葉に、轟が殺気立った。
その後のにらみ合いが、一瞬なのか数分なのかもわからないくらいに雰囲気が険悪になり時間の感覚も麻痺してしまった時。
「夜嵐、どうした」
先輩から声がかかった為、夜嵐は「何でもないっス!!」といつもの調子に戻り、向こうへと去っていく。
心臓が痛い。夜嵐は一体どうしてしまった?
いったい彼らに何があったんだろう?
「…轟くん、大丈夫?」
「…!……ああ、問題ねえよ」
「あんまり深く考えない方がいいわ。試験前何だし」
「…そうする」
嵐の予感がした。
それは虫の知らせ、と言ってもいい。
こういう時の嫌な予感がよく当たってしまうのは、痛いくらいに零仔は分かっている事だった。
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