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この世界では、世界の総人口の八割が、『個性』と呼ばれる特異体質を持つ人間で満ちていた。
そう、この世界は超人社会。
当たり前のように超人が跋扈し、当たり前のように超人がに常時己の力を駆使して動き回っている。

この世界では、その力が悪を成し。そして同じくその力が、「正義」の鉄槌を下している。
その悪こそが「敵(ヴィラン)」。そして、正義こそが「ヒーロー」と呼ばれていた。


だが、思う。
悪とは何だろう。正義とは何だろう。
正義とは裏返しの悪であり、意志を持った悪とてまた一つの正義なり得る。
じゃあこの力が、容易く、あまりにも容易く―――例えば、触れるだけで人の命を奪ってしまうものだとしたら。
「命は大切なものだから」「自分の命は尊いもの」と教育されてきた、私達は。そんな個性を生まれ持ってきてしまった時。
「悪」として、迫害されるのだろうか。

生まれてこなければよかったと、ただそれだけを祝福としながら。


***



一日は毎朝の家の花壇の水やりから始まる。
今の季節はまだ寒くて、花壇の土には霜柱が立っている。指先で触れると、ジワリと花壇全体の霜柱が溶けていった。
こういう時はこの個性は便利だと思う。

朝露できらきら光る花達にじょうろで水をやる。まだ寝間着のまま外で水をやっていると、縁側の戸が開くカララとした音が聞こえて。

「おや零仔、水やりありがとうねえ」
「ううん、別にいいよ。あ、裏の林でフキノトウが生えてたの。まだ小さいけれど」
「あらあら、もうそんな時期なのねえ。よかったわあ」
「うん。ほらおばあちゃん、中はいろ。まだ外寒いから、そんな格好じゃ風邪ひいちゃうよ」

少しずつ、少しずつ周囲の気温を上げて行きながら祖母を連れて中に入る。
これが零仔の個性、『温度操作』だ。
触れた物質や周囲の気温を自在に操作できる個性だ。
祖母が体調を崩さないように、ゆっくりとゆっくりと少しずつ気温を上げ、冷え切ったその手足を温めていく。

「あらあら、ありがとう。零仔はいつもやさしいわねえ、嬉しいわ」
「体調崩しちゃったら辛いもん。おじいちゃんも心配するから」
「うふふ、心配性なんだから。さあさ、朝ごはんにしましょ。お豆腐のお味噌汁好きでしょ?」
「うん。おばあちゃんのお豆腐の味噌汁すき」
「うふふ」

零仔の一日は、この穏やかなひと時を迎える。

零仔は祖母と祖父との三人暮らしだ。両親は幼い頃に死別し、しばらく施設に預けられて、その後この老夫婦に引き取られた。
まるで実の娘のように、本当に可愛がってくれた。勿体ないくらいに優しい、大切な「両親」。
いつだって好きなものを作ってくれた。嫌いなものは食べられるようになるまで根気よく工夫して作ってくれた。
泣いて帰って来た日にはその皺くちゃの手で黙って抱きしめて、優しく背を叩いてくれた。

今の自分がいるのは、間違いなくこの夫婦のおかげなのだと自信をもって言える。

今日も、大好きな祖母の味噌汁を飲んで、いつもの「城」へと往くのだ。

「もうそろそろおうちを出る時間じゃない?」
「あ…そうだね、じゃあ行ってくるよ」
「寄り道はほどほどにね、遅くなっちゃだめよ」
「うん」

自分が食べている途中なのに、いつも玄関まで見送りに来る。
戸を引く。いつもその一歩は酷く重くて、泣きそうになる。
でも、振り返るといつだって優しく、何も知らない祖母が微笑んでいて。…そんな無垢な笑みを見るたび、つい口に出してしまう。

「…いってきます」
「いってらっしゃい」

祖母を裏切りたくはないから。


今日も、「城」へ往く。

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