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重い脚を引き摺るように。
まるで、着ている制服は鎧のように重たく冷たくて、教科書の入っている鞄は身を守る盾のようで。
今から行くのは戦場だ。

学校という名の、そこは戦場で、「城」だった。


予鈴ギリギリで教室に入れば、喧騒はそのままに、まるで氷のように空気がキンと引き締まって気配が静まり返る。
だからこちらも空気を冷たくして黙って席に座る。一切合切、何にも視線を向けぬまま。


「おお、今日も違わぬ女王っぷり」

「流石『氷の女王』だな、見ているだけで身体が凍えそうだわ」


そう。ここは『氷の女王の城』だ。
怖い女王には誰も近づかない。近づいたら凍らされてしまうから。
みんな賢いから自ら危険には近づかない。

だから零仔も誰にも近づかず誰にも近寄らない。

この超人社会で、個性の差は一種の差別を生む。
畏敬も然り、蔑みも然り。個性で人格に偏見を持たれ、格差を生む。そんな社会の中で生まれ生きて来た子供達が集う学校で何ができるか、それは教室内のヒエラルキーだ。
強い個性を持つ者にみな平伏する。意思も持たず信念も持たず、ただ波風立てまいと王と敬い畏れ、そして孤立させる。

学校は嫌いだった。


(私の事を本当に分かってくれるのは、おばあちゃんとおじいちゃんだけよ)


自分には祖母と祖父さえいればいい。
あの二人を守れればそれでいい。あの二人以外世界には必要がなかった。あの二人だけが必要としてくれた自分だから、自分はあの二人の為だけに生きている。
だから零仔は、女王。

一人で生きて行けるなんて思わない。
そうは思わないけど、必要なもの以外は要らない。

そうずっと、思っていた。



***



ある日。

その日はクラスの人数も疎らだった。
受験シーズン、各々が志望校へと入試に行ったのだ。零仔のクラスの担任は今日その入試先の学校へ行っており、このクラスは自習になっている。

適当に参考書を開きながらぼんやりと文字の羅列を眺めていた。

零仔が受ける先の高校は、雄英だ。
雄英高校、それはプロのヒーローへの登竜門。逆にここを越えねば決してプロにはなれないだろうと呼ばれる、ヒーロー育成機関だ。

だが零仔は決してヒーローになりたくて雄英の門を叩くわけではない。

(この、個性を)

(『あんなに』簡単に、人の命を奪えてしまう、この個性を、完璧にコントロールするんだ)

温度操作の個性は確かに便利だ。
だが本気を出せば天候さえ変えてしまうし、生き物に触れれば、その気になれば根こそぎ体温を奪って凍死、若しくはその身体の血液を沸騰させて殺せてしまう。
あまりに、簡単に。

こんな危険な個性を、中途半端にしておくのはあまりに恐ろしくて。


だから、零仔は雄英の門を叩く。
自分を完璧にコントロールする為。この為に小学校からずっと努力してきた。この時の為に。
努力の甲斐あって学校から雄英への推薦枠にも入れた。
雄英に推薦で入試を受けるという噂は既に学校で広まっていて、更に皆との溝が、深くなった。

ああ、生きている世界が違うんだなと。皆に思われていた。

それでもいい。雄英に入れればこんな城とはおさらばだ。


いつかの日、雄英に行きたいと言った零仔に、一瞬心配そうな顔をして、それを拭うように笑った祖母の顔を思い出す。


『きっとあなたならできるわ。頑張ってね、零仔』


(うん。頑張るよ、おばあちゃん)



こんな自分を『自慢の娘』と誇ってくれる、やさしいやさしい陽だまりがある。

それでいい。それだけでいい。
立っていられた。




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