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「体育祭かあ……」
そう。体育祭だ。
このクラスの喧騒はまさにそれが原因である。
過去はオリンピックなるものがビッグイベントであったが、個性の発現により規模も人口も縮小、形骸化した。
今はその嘗てのオリンピックに代わるスポーツの祭典、それが雄英体育祭である。
体育祭といっても、これはプロのヒーロー達や事務所に自分の能力を売り込む自己アピールの場でもある。
未だ世界的に個性の使用を認めたスポーツの祭典というのは厳しいものがある。故に、このヒーロー育成学校に入学したエリートたちによる個性と個性のぶつかり合いというのは、この超人社会において唯一かつ至高の娯楽、祭典となるのだ。
「あんなことがあった後でなんだかな、って感じもするけど。中止する訳にはいかないものね」
「そうね。…零仔ちゃん、腕は大丈夫なの?」
蛙吹が心配そうに聞いて来る。
敵襲来は一昨日の話だ、零仔の左腕は敵・脳無によって粉砕されてしまっていた。
「リカバリーガールに治療してもらったから大丈夫。緑谷君や先生よりは軽傷だし、問題ないよ」
「あの二人よりは軽傷でも重傷枠の中での話よ。…私を庇ったせいで、ごめんなさい」
「いいの。梅雨ちゃんは悪くないし、そもそも敵が悪いんだから。アレは勝手に私が飛び出しただけ」
蕎麦を啜りながらそう答える。もう大丈夫だと完治した左手を動かしながら。
蛙吹はまだ気にしているようで、表情は晴れない。
優しいんだなあと思う。
「零仔ちゃん、もっと冷静な子だと思ってたわ。あの状況でも下手に前に出ずに思考に徹するものだとばかり」
「…ああ、私もそう思ってた。…でも、」
「でも?」
「あの、死柄木って呼ばれてた手男に、何かされるって思った時。…身体が勝手に動いてたの」
殺されるとわかった時。
あの手の中で、命が散ると理解してしまった時。
足が勝手に動き、腕が勝手に動き、思考とは裏腹に叫んでいた。理性よりずっと早く感情が動いていた。考えなしだと思われるかと気まずくなって黙ってしまった。
だが蛙吹は。
「…ああ、こういう時言うべきなのは、「ごめんなさい」じゃないわね」
「?」
「「ありがとう」、零仔ちゃん。私を助けようとしてくれて」
「ま、待って、結局助けてくれたのはオールマイトで、」
「そうだとしても、あの時自分の命を顧みずに私を助けようとしてくれてた零仔ちゃんは、私にとっての『ヒーロー』だったの」
蛙吹の真っ直ぐな言葉に、俯いてしまった。
柄にもなく、返す言葉もなくて口を手で押さえてしまう。嫌じゃないのよ、とレスポンスしようと顔を何とか上げたら、蛙吹は微笑んでいた。
その笑顔が「分かっている」と言っているようで、混乱する。
「…、…ありがとう」
「ケロッ」
ヒーロー。
零仔はヒーローになりたくて雄英に入ったわけではなかった。無論ヒーローはカッコいいと思う、それは事実だ。だが。
個性の制御、それだけだ。その近道が雄英だった。
だけど、もしこの個性を、人の命を救う為に使えるのだとしたら?
(私も、本当のヒーローに…なれるの、かな)
なれるのなら。
「……零仔ちゃん?」
「…えっあっ何」
「お蕎麦、冷めちゃうわよ」
「あっ」
昼休みももうすぐ終わりそうだ。
急いで蕎麦を掻きこみ、相澤に叱られる前に教室に戻るとしよう。
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