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轟親子の喧嘩がぴたりと止む。
ブチ切れ寸前の親子よりも先にブチ切れたのは、研修初日早々に哀れ親子喧嘩に巻き込まれた零仔だった。
「研修中でしょ!?親子喧嘩なんかしてる場合!?まだ今日の研修は終わってないしそもそもまともに研修始まってもないのに相棒さんや事務所困らせてんじゃないわよ!!失礼のないようにって相澤先生も重ねて注意してたの聞いてなかった!?」
「お、おい」
「エンデヴァーさんの事務所に来たからにはこんな展開も覚悟はしてたけどもうちょっと堪えなさい!!すぐに喧嘩に発展して!!誰かに場を収めてもらうつもりだったの!?ここは家じゃないわ!!!」
轟親子のあの剣幕は一体何だったのかと言いたくなる程の零仔の説教に轟はおろかエンデヴァーまでも閉口している。
相棒達や騒ぎを聞きつけた事務の人達まで、その雄英高校ヒーロー科1年生である筈の少女のブチ切れに完全に気圧されていた。
「親子喧嘩結構、でもやるなら時間外に外か家でやって頂戴!!!!そして縁談だのそういう話も私事でしょう!?勤務時間内に話す事かしら!!???」
「おい零仔、」
「すべて勤務時間外!!研修時間外!!そして事務所外で!!やって頂戴!!!!!!」
「落ち着、」
「返事は!!!!!!??????」
「「……お、おう…(ああ…)」」
勝った。
エンデヴァーと轟がしっかり(?)と返事を返したのでフンと息をつく。
「…説明を中断させてしまい申し訳ありませんでした。案内を続けてください」
「あ、ああ…うん……じゃあこっち…」
相棒の人も心なしか引いていたが騒ぎは収まったので良しとしよう。
二人して零仔に怒鳴られた轟親子の胸中には(女は幾つであろうと怒らすとやばい)という一点であった。
(あの子すっげえな…エンデヴァーさんを黙らせるとか……)
(もしや逸材では…???)
変な所で期待の新星として認識されてしまっている事には気付かない零仔だった。
***
「…ヒーロー殺しがまだ、保須に?」
2日目、朝からパトロールに参加し、今は夕方。
突如エンデヴァーが切り出したその名前に零仔は飯田を思い出す。
確か彼の職場体験先はヒーローマニュアル。場所は。
「…焦凍くん」
「どうした」
「………保須でのヒーロー殺しの被害者、インゲニウムだけよね。そして、飯田君は今保須に事務所を構えてるマニュアルの所にいる。その意味、って」
「…考えたくねえけど、多分お前の考えはあってる気がする。邪推ならそれでいい、だが…」
嫌な予感がずっと続いている。
体育祭で飯田が早退してからずっとだ。
ヒーロー殺しは一度出現すれば、最低でも4人犠牲者を生み、別の市へ移動する。
被害者はまだインゲニウムのみ、つまり前例通りならばヒーロー殺しは再び保須に現れる。エンデヴァーはそれを直ぐに察し、暫し保須に出張すると言い出したのだ。
適切な人員を即座に確保し、市に連絡し、いざという時の為にここら周辺の事務所と保須の事務所と連携が取れるようにした。
流石No.2だと、また感じた。
「小娘、焦凍ォ!明日は直ぐ保須に向かうぞ!」
「わかりました」
「………わかった」
轟の方は心なしかいつもより低い気がする声で返事をする。返事を確認するとエンデヴァーは次の仕事の為に事務所を出て行った。
轟は初日のエンデヴァーが発した縁談事案をまだ相当根に持っているらしい。
折角ちょっとは関係性がマシになって来たというのに一体どうしてくれようかあの親父は。
「焦凍くん、もう私も気にしてないし大丈夫だって」
「…やっぱり改めてアイツ嫌いだ…………」
「メッチャ怨念篭っとる…」
「あの野郎、母さんを見る時の目と同じだった」
それがクラスメイトで、幼馴染なのだとしたら猶更。
例え本当にすごいプロなのだとしても、父親として認められないのは仕方がない。
「…悪ぃ。本当に」
「なんで貴方が謝るのよ。だから本当にもう気にしてないし、貴方が私の分まで怒ってくれたんだから。いいのよ」
零仔の笑みにやるせなさと安堵を覚える。
そして未だ自分が不安定な泥のような足場に立っていて、それを彼女が支えてくれているのだと。
彼女はもう轟が自分の分まで怒ってくれたからいいという。
…そうじゃない。
(もう親父に囚われるんじゃなくて。……今度は守るんだ。俺が、こいつを)
母も、零仔も。
いつか絶対にエンデヴァーを乗り越えて。
「それに、縁談なんて取り付けなくたっていつか焦凍くんには好い相手が絶対できるわ。これから貴方の世界はどんどん広がっていくんだから」
「…零仔、」
「エンデヴァーの事はどうなるかわからないけど…そういう相手が出来たなら、守ってあげるんだよ」
(幼い頃の貴方の支えになった私の言葉が、これからの貴方を縛るものになる前に)
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