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三日目。あっという間に三日が過ぎた。
この日は昨日のエンデヴァーの指示通り、保須市に出張した。
エンデヴァーは先に保須へと向かい、零仔と轟はエンデヴァーの相棒が運転する車に乗車した。
「……やっぱ心配か、飯田が」
「!わかった?」
「研修の初日からずっと浮かねえ顔してる。昨日の話で確信した」
「…体育祭の時、彼、早退したって聞いたからどうしたんだろうと思って…ちょっと引っかかってたんだけど、体育祭明けの彼の目を見た時に、懸念してた事が確信に変わっちゃって…」
「…インゲニウムの事か。知ってたのか?」
「ううん。でも、体育祭の時、彼が早退するほどの事だから、まず身内の事かなって。ヒーロー一家だから、彼らの身に何かあったんだろうなって…」
事実、ほぼ的を得ていた。
彼の性格とヒーロー一家という特殊性から考えていたほぼあてずっぽうのようなものだったが、持つべきものは己の勘である。
「目…つうと、…昔の俺みたいな目してたな、アイツ」
「…うん。だから…ニュースでインゲニウムの事が報道された時に分かった。インゲニウムが死んだとは言ってなかったから、彼は生きてるけど…でも、もう多分、ヒーローとしては無理だって予測した」
「その事については…昨日の夜、親父の相棒に聞いた。…何でもインゲニウム、引退するらしい。…下半身の感覚が、もう、ねえんだと」
ヒーロー殺し。
それは、彼らの命を奪うというだけの意味ではない。彼らの『ヒーロー』としての人生を奪うのだ。
インゲニウムにとっての命、それは個性を使う際に必要不可欠な「脚」だ。
下半身不随という重すぎる後遺症は、「ヒーロー・インゲニウム」の命を奪う事と同義なのである。下手な死より、あまりに重い。
飯田はその話を聞いた時、きっと誰よりも絶望しただろう。
彼にとってのすべての始まりで、憧れで、誰よりもカッコイイ彼のヒーローは、インゲニウムだったのだ。
総ての始まりを、そんな形で終わらされた彼はきっと今平常心ではないはずだ。
憧れのヒーローというだけではなく、インゲニウムは飯田の大切な家族でもあるのだから。
憎しみに囚われるのも、「無理はない」。平常心でいろと云う方が正気を疑われるだろう。だからこそ。
「…憎むなとは言わないし、多分無理だから…せめて、前を向いて欲しい。彼にあんな目をして欲しくない」
「…お前は俺の時もそうだった。あの目が嫌だって言ってたな。毎度気にするから、余程なんだろうが…お前の周りにもいたのか」
…いた。
誰よりも傍にいた人だった。
零仔の表情から色が失せる。その変化に轟は少しばかりの戦慄を覚えた。
「……いたわ。その人はずっと私の事、恨んでた」
「…!」
「いつも私を、その目で見てた。だから嫌いなの。……私を見ているのに、視ていない…遥か遠くを憎み続ける、あの、目が」
思い出すから嫌いだった。
胸の傷が痛みだすから嫌いだった。
『温子を返せ…!!お前さえいなければ、お前さえ、おまえさえ!!!!』
父を思い出すから。
今でも鮮明に思い出せる。記憶を操作しようとも塗り潰せない。
父の冷たく強張った手がこの細首にかかり、指が気道を圧迫するあの感覚を。
そうだ。憎しみは、虚しい。
虚しい感情だ。でもそれに身を委ねる事がどれだけその場における自分の心を救う事か。
憎しみが悲しいだけの感情だけだとわかっている。だが。
自分の首を絞め続ける父の顔はもう殆ど思い出せない。
いや、見ようとしていなかった。見るのが怖かったから。
娘にひたすら憎悪を吐き続ける父を、零仔は憎めなかった。
『………すまない、零仔………』
首を絞められ、朦朧とする意識の中でいつも、泣き崩れ謝り続ける父の姿を覚えている。
父の目が嫌いだった。父の、零仔を見て視ない、憎しみに染まり切った悲しい目が嫌いだった。
それでも憎めなかった。
(そんな虚しいだけの感情に逃げたかった時も、あった)
「!」
キキ、と車が止まった。
保須に入ったのは確認していたが、ここは路肩に駐車したとはいえ街のど真ん中だ。
何かあったのか?と周囲を確認しようとした矢先、ビル街の向こうで黒煙が上がっているのが見えた。
よく見れば周囲の人々はその反対方向へと走って行っている。
恐らくは敵だ。
「……敵か?」
「…多分。それにしても妙ね」
「何がだ」
「タイミングが良すぎる」
偶然か、故意か。
故意ならば、一体だれが?
(嫌な予感がする)
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