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カウンセリングが終わり、男子達の病室に戻った。
緑谷が先ほど麗日と通話をしていて戻って来たばかりらしい。緑谷、轟、飯田の三人が神妙な顔つきで座っていた。

聞けば、飯田の診察が先ほど終わったらしく、その左手には後遺症が残るらしいとの事だった。
とはいっても手指の動かし辛さと多少の痺れ程度らしく、手術で神経移植をすれば治る可能性も十分あるらしい。
それを聞いて安心した。

本当のヒーローになれるまで、その左手は戒めにするとの事だった。

「……僕も、同じだ」

緑谷の零す言葉に、飯田が頭を上げる。

「一緒に強く…なろうね」

緑谷も同じく、個性の暴発の連発で手に傷を残した。
同じく戒めを手に刻んだ者同士、何か感じるものもあるのだろう。
その様子をずっと見ていた轟が、何か思い出したようでハッとした顔をしていた。
嫌な予感がした。

「どうしたのよ轟くん」
「いや…なんか…わりィ…」

突然気まずそうな表情で謝りだした轟に緑谷は全く飲み込めず「何が??」と聞いた。
轟はいたって真剣な表情で自分の手を見つめながら、

「俺が関わると…手がダメになるみてぇな…感じに…なってる……呪いか……」

何ていうものだから。
一瞬呆気に取られてしまった後、緑谷達とほぼ同時に吹き出してしまった。

「あっはははは何を言っているんだ!」
「轟くんも冗談言ったりするんだね」
「いや冗談じゃねえ。ハンドクラッシャー的存在に…」
「「ハンドクラッシャーー!!!!!」」
「ふふっ…ふっふふふふふ、…!!」
「なんでお前まで爆笑してんだよ…」

ベッドに倒れ込み陸に打ち上げられた魚の如くぴくぴく震えながら爆笑する三人に轟は割と真剣に困惑していた。
彼の言った内容と彼の真剣な顔が全くマッチしなくて更に笑いを誘う。
飯田までもが声をあげてベッドに倒れ込むようにして爆笑していた。
零仔に至っては呼吸困難に陥っている。

「だって、だって…!貴方、真剣な表情でそれ言うの、反則じゃない…!!あはははは…!」
「笑いすぎだろ」
「無理よ…!あははは、ふふっ、あーお腹痛い…!」
「!?今度はストマッククラッシャーに…?」
「もうやめて…!笑い死ぬじゃない…!」
「お、おいマジで傷口開くぞ」

最後まで天然を貫く轟にもう我慢ならなくて、零仔は降参よ!と爆笑しながら轟を叩いた。
理不尽だ…とぼやくが、己の天然さを呪って欲しいものだ。


***


夜。
緑谷たちとは違い、零仔の病室は別室の個室だ。

(…思い出す。10年前も、こうして病院の窓から、外見てたっけ)

事件の後、病院に運ばれた零仔は暫く病院で療養していた。
夜の病院は人の気配がない。消毒液の匂いはどこか、病と死の気配を感じさせる。
一人の夜は久しぶりだった。
消毒液の匂いを紛らわせたくて、窓を開ける。
夏の匂いがする風が部屋に入り込んだ。薄白い月が見える。

窓を開けたから、外の気配を感じられるかとも思ったが。
深夜の街というのは意外にも人の気配がないのだと気付いた。遠くからうっすらと聞こえる車の音だけが、人の生活音だった。

その時、扉がコンコンとノックされた。
現在はもう消灯時間だ。
一体誰だと思った矢先に「俺だ」という声が聞こえてきて、扉を開けると轟が立っていた。

「…私が寝てるとは思わなかったの?」
「窓開ける音聞こえたから。お前も眠れねえのかと思って」
「…ま、入って。巡回してる人に見つかったら怒られちゃうから」

轟が頷いて部屋に入る。
実際零仔も眠れなかったところだった。
二人でベッドの廊下側に腰掛ける。

「…散々な職場体験だったわね」
「本当にな。初日からそんないいもんでもなかったけどな」
「まだ根に持ってるの?縁談の話」

親子の確執とはなかなかに根深いもののようだ。轟の不愉快とでも言いたげな表情がありありと物語っている。
それを言うなら初日からブチギレかました零仔はとても人のことを言える立場ではない。
一気に気まずそうになった零仔に今度は轟が苦笑う。

「なんだよ、初日に怒鳴ったのまだ気にしてんのか」
「アレ中々の失態でしょ…翌日真面にエンデヴァーさんの顔見れなかったわ…プロヒーローに怒鳴るなんて…」
「いや、あの親父を黙らせたのすげえよ。相棒の人らも将来事務所に欲しいってよ」
「そんな理由で勧誘されたくない………」

轟は天然なのかわざとなのか零仔の古傷を次々と抉る。
もうやめろと顔を覆ってもう片方の手で轟を叩いた。
「いてえ」とそこまで痛くなさそうな声が聞こえた。腹立つ。

「…縁談の話は腹立つ。でも親父に乗せられるわけじゃ絶対ねえけど、お前が嫁になるのはいいかもしれねえな」
「……………あなた今自分が何言ったか分かってる?」
「お前覚えてないか、10年前」
「………もしかして私何かエンデヴァーさんに言った?覚えてないだけ?」
「その様子だとやっぱ覚えてねえか」
「ねえお願い自己完結しないで」

もしかしたら幼い頃の自分はこの親子にとんでもない事をしたのかもしれないという危機感を感じた。
だが、「安心しろ、親父は関係ねえ」という彼の言葉でそれが杞憂だと知り、とりあえず安堵する。
いや、安心はできないけど。

「いや、10年前お前のこと嫁にするって約束したなって最近思い出した」
「………ん??」
「お前も「しょうとくんのおよめさんになる」とか言ってたぞ」
「あーー!!ウッソ待って無知って残酷!!!」
「シッ緑谷たちが起きちまうだろ」

いかんいかんと口を抑える。
隣の部屋からの気配はない。起こさなかったようで息を吐いたが、現状は変わらない。
そんなことを言ったのか?いや、言った気がしなくもない。

「なんでそんな約束したんだっけ…?」
「家に帰りたくなくて、ずっと一緒だったらいいのになって話になった気がする」

それで、結婚したらずっと一緒だという話になったというところか。
子供らしい過程を一切省略した短絡的発想だ。
でも、それでもあの時の自分たちにとって全く根拠もないそんな約束が、気休めで心の支えだった。
今はもう、違う。
それぞれの足で立つ、あの時の子供じゃない。

「あなたはもう、大丈夫ね」
「何がだ?」
「もう一人で立てるもの、あなたは」

だから、もう自分たちの間にそんな気休めは必要ない。
それは子供のうちは気休めで済んだ。その約束は今なら彼を縛るものになるだろう。
彼にはもう零仔がいなくても、夢があるから。
寧ろ、彼を縛ろうとしているのは約束ではなくて―――――――

「あなたには絶対いい人ができるはずよ。優良物件だもの、焦凍くん。絶対モテる」
「どうでもいいだろ、そんなん」
「うわ峰田くんが聞いたらキレそう」

彼はそういうのに敏感だから、ここが教室じゃなくて良かったと思う。
間違いなくキレていた。

「縁談とかは知らねえし興味もねえけど、お前とならいい感じに収まるんじゃねえかって思う」
「……っ、待って」

耐えきれなくなって思わず顔を覆った。
恥ずかしい、恥ずかしいのだろうか。きっとそうだ。それも判断できないくらいには混乱している。
ああどうしようどうしよう。

「何顔隠してんだ零仔」
「焦凍くんの所為よ……」
「なんでだよ。顔見せろ」
「無理」
「見せろって」
「無理!」

やり取りに痺れを切らした轟が顔を覆っている腕を外しにかかった。
此方も意地になって必死の抵抗をするが、あちらの力がかなり強い。
どんどん腕が開かれてしまうので顔を逸らす事で抵抗の意を示す。

「往生際が悪ぃぞ」
「うるさい……っあ!?」
「うお、!?」

身体の力が一瞬抜けた。その間に力を込めていた腰が抜け、ベッドに倒れ込む。
突然零仔が倒れたので先程まで零仔に向けていた力が彼女がベッドに倒れ込んだ事で行き場がなくなり、轟も勢いで倒れ込む。
轟は押す側だった事もあり咄嗟に腕をついて自分の身体を支えることができたが、結果として零仔に覆いかぶさるような形になった。

「っ…」

お互いの息がかかるくらいに近い。
お互いの心臓の音が聞こえる。どちらの鐘が五月蠅いのかわからない。

「わりぃ、直ぐ退くから…」

直ぐに退こうと身じろぎして、轟はふとした際の零仔の表情に目を見開いた。
先程まで腕で頑なに守ろうとしていたその表情は憐れになる程に赤くて、仄かに潤んだ眼は飴玉のように透き通り、蕩けそうで。
月の光で、元から白い肌が浮かび上がりそうなくらいに生白い。どこか不気味なようで、その赤らんだ頬が、美しかった。

「……あんまり、みないで」

震えるように零されたそれが耳に届くまで、確かに轟は零仔に見惚れていた。


(俺は今、零仔に、何を思った?)

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