9
「こうしてカウンセリングをするのも何だか久しぶりだね。ああ、そうだ体育祭見たよ。すごいじゃないか、3位!看護師たちも目が釘付けだった。でも…浮かない顔のようだったね」
「…わかりましたか、やっぱり」
「何年君を見て来たと思っているんだい?それくらいは分かるさ。個性の話となると君はいつもあの表情をするからね」
やはり先生にはお見通しだった。
幼い頃からずっと先生に診てもらってきた。祖母祖父の次に長い間一緒にいる大人だと言ってもいい。
精神科医という事もあって、祖父母に言えない事も、彼になら言えた。
「…雄英に入って、一気に世界が広がりました。クラスの皆は、皆ヒーローになる為に、憧れに向かって走ってて。…でも私は、ヒーローになりたいわけじゃない」
「うん」
「この個性を、完全に制御する為に…ヒーローとして個性を制御する訓練を受けたら、できるんじゃないかって」
「うん」
「…でも、あの体育祭で、誰もが憧れに手を掛ける為に頑張っていたのに。…私には、何もなかった。皆の憧れを踏み躙った気がして、情けなくて…」
あの轟との戦いで、それを痛感した。
夢のない人間の弱さを。意思のない人間の脆さを。
憧れも何もないからこそ、真っ直ぐにそれに走っていく皆がただただ眩しかった。
「…零仔ちゃん。君はそこまで、無理をしなくても良いんじゃないか。君は同じ年頃の子と比べて…いや、最近の大人達よりもずっと薄暗い所で戦ってきた。…そこまでして、」
「だめなんです。私は、個性を制御できるようにならなくちゃ、」
「誰だって個性で人を殺める可能性はある!君は時とタイミングがあまりに悪すぎただけだ。気に病む必要は、」
「でもお父さんは…!!」
「零仔ちゃん!!」
不安定になって車椅子から立ち上がろうとした零仔を先生が制止した。
彼の目に映る自分は酷い顔をしている。
積もり積もった焦りと不安がぐちゃぐちゃになって、整理ができない。
「……記憶処理が不安定になっているんだね。頭、痛くはないかい」
「…最近、たまに痛みます。昨日も少し…」
「重ねて処理をしておくかい」
「………いえ、やめてください」
「え?」
「…例え悪夢に苛まれ続けたとしても。…忘れたくない記憶が、あるんです」
てっきりハイというものだと予想していたのだろう先生は面食らったようだった。
あの時代、零仔には悪夢だけだった。
だがその中でただ一つだけ優しかったのは、轟との記憶だった。あの記憶だけが、あの時の零仔の心の支えだったから。
今もそれに縋っているようで情けないけれど、それでもあの綺麗な記憶だけはもう忘れたくはなかった。
「…今はどこまで思い出せる?」
「…お父さんが、……自殺、するまで。その後は、病院で……あまり詳しくは」
「君は…お父さんの自殺の瞬間をその目で見て、私はその記憶を封印した。辛い事を聞くようだが、思い出せるかい」
「…いえ。…ただ、あとから先生に、首を吊ったって聞いただけです」
「…そうか」
父の死の瞬間だけが思い出せない。
心を守る為だと。父は首を吊ったと聞いた。
首を吊った親の顔を見たとなれば、それは幼い子供の心など容易く粉砕するだろう。
病院がカウンセリングではなく、封印を選んだ程にはあの時の零仔は心身共にボロボロだった。
「…君が必要ないというなら、処理はしないよ。ただ、ヒーローの勉強をする以上、君は己の個性と向かい合い続けなければならない。それは君の過去と向かい合う事でもある。いつかは全てと向かい合う時が来るかもしれない」
「…はい」
「だが、限界だと判断したら僕は君の記憶を封印する。君の心を守るためだ。……君は僕の患者だが…君のあんな姿は、もう見たくないからね」
そうしたら、今度こそ忘れる。
彼との記憶も、彼の優しさも全部。
向かい合うたびに痛みが苛む。思い出すたびに現実との乖離に苦しめられる。
現実は、零仔を置いていく。
(わたし、もう、どうしたらいいんだろう)
答えは誰も出してくれない。
.