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PM4:00。

訓練が終了し、全員が集められる。
全員眼が完全に据わっていた。骨髄まで過酷さが染みている。

「さァ昨日言ったね「世話焼くのは今日だけ」って!!」
「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!」

山盛りの人参ジャガイモ玉ねぎ。
アレ全部剥くのか。マジか。もう一気に気が遠くなる。
皆の返答も覇気がない。

ここで輝くのは飯田であり、災害時などで避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環云々と自己解釈し「世界一美味いカレーを作ろう皆!!」と鼓舞し始めた。
飯田、便利である。


「んん〜〜野菜多いね!男子だけで手足りる?」
「ちょっと厳しいかもしんねえな」

飯盒係が女子、カレー係が男子となった。
だが野菜が思ったよりも多いのと、野菜を切ろうにも手先が器用な者が限られてくる。

「私が入るわ」
「マジか栂野!!助かる!!」
「調理経験がある子は野菜切るの手伝って、それ以外の子は火加減を見て頂戴」
「ラジャー!」

大量の野菜が送り込まれてくるのに顔を引きつらせつつも野菜の下処理にかかる。
ジャガイモと人参はピーラーで向ける上に誰でもできるので任せ、玉ねぎは慣れている者がやる。
零仔はさっさと玉ねぎを剥いて切り始めた。玉ねぎは炒め始めるのが早いので手も早くしなければならない。

「おお〜手際いいな〜!もしかして栂野料理女子?」
「まあ…そうね。家ではいつも手伝ってるわ。流石にこの大人数分はやった事ないけど」

上鳴が玉ねぎの皮を剥きながら手元を覗き込んでくる。
玉ねぎ一つにつき切るのに20秒もかからぬ速さだ。玉ねぎの皮を剥くのを待つ状態なので此方も剥くのを手伝う。

「切った分は持って行ってちょうだい。剥いた人参とジャガイモもあるだけ持ってきて」
「あの玉ねぎの山を瞬殺…」
「栂野も何気才能マンだよな。あ、ウーマンか」

瀬呂の呟きに手が止まりかけるのを抑えて野菜の処理を続ける。
本当の才能持ちというのは、まさに爆豪のような天才肌の者の事を言う。
零仔は決して天才ではない。『天才』に指を掛けられるまで、血の滲むような努力を積み重ねて来た『凡人』に過ぎなかった。

まあ、その努力の結果がこうして才能に満ち溢れる者のように見えているのなら、ある意味あの努力も報われてはいるんだろう。

悪いことだらけでは決してない。
ここ最近自分ではどうしようもない事が続いて精神的に余裕もない状態だったが、まだ大丈夫だ。


野菜の処理が一段落したので飯盒班を横目で確認する。
丁度そこでは轟が炎の方の個性を使って、炉に火を起こしている最中だった。

(あ、笑ってる……)

その表情は少し微笑んでいた。
あんなに憎んでいた左側の個性を、あんなに穏やかな表情で行使する事ができるようになった。
視線を戻して、少し安堵したように息を吐いた。

今度こそ、彼はもう大丈夫だと。
ちゃんとあの個性と向き合えているのだという確信が持てたからだ。

(…良かった)

零仔は皆とそれなりに仲良くやっていって、轟も上手くやれていっている。
入学した時には考えもつかなかったくらいに充実している。
充分過ぎるくらいに。

大丈夫だ。このままやっていける。
全てを隠しとおしたままでも、きっと彼らとならやって行けるはずなのだ。

(……私、こんなにここが好きだったんだなあ)

蛙吹の話を聞くのもするのも、芦戸や葉隠の恋バナに付き合うのも、八百万のプリプリを耳郎や上鳴と共に微笑ましく思うのも、緑谷のブツブツ攻撃にドン引きするのも、飯田のクソ真面目にツッコミするのも、全てが楽しかった。
皆となら苦楽も共にしていけるとさえ思える。
皆が好きだ。A組が好きだ。

――――轟が、好きだ。


「…ん!?うお!?栂野玉ねぎ沁みたのか!?」
「え?」
「涙、涙!」

視界が滲んでいた。頬を温いものが伝っている感触がする。
ああ、いつの間に泣いて?

「あー…そうみたい。何だか痛いと思ったわ」
「料理慣れててもやっぱ沁みるもんなんだな〜」
「そうね。いつも冷蔵庫で冷やしてから切ってたから…」
「まあもう野菜全部処理したし、ちょっと目冷やしとけって!お前が復活するまでカレー見とくからさ!」
「ごめんなさい、お願いするわ。ちょっとの間お願い。すぐ治るから」
「お〜」

(すぐ、治すから)

玉ねぎの硫化アリルを涙の言い訳にして、今だけは。
この痛みも、次から次へと溢れてくる涙も、全部玉ねぎのせいにして。

―――いっそ、玉ねぎと一緒にこの気持ちもカレーと煮込んで消えてしまえばいいのに。

そうして、ただの糧として栄養になってしまえばどれだけ楽だろう。



零仔はさっさと復帰し、カレーの火加減調節に就いた。
やがて飯盒で炊いたご飯も炊きあがり、皆で作ったカレーが完成した。

皆、鍋で好きなだけよそい、カレーを口に運ぶ。

「美味ぇー!!栂野製カレー!!」
「どこにお嫁さんに出しても恥ずかしくない味や…!」

掻っ込む切島と麗日は見ていて清々しい。
麗日の褒め方は少し気恥ずかしいが、ある意味料理する女子としては最高の誉め言葉だろう。
すると、向かい合わせで座った轟もカレーを一口食べた後、

「美味ぇ」

とその一言だけ、くれた。

「…それはよかった」

その賛辞に笑みを返しつつ、こちらもカレーを頬張った。
その味に違和感を感じる。
それを悟られないように、空腹を満たすために只管食べた。

「零仔ちゃんいい食べっぷりね」
「お腹すいてたもの」

皆が美味しいと口々に褒めたカレーは。

(……何の味も、しない)

食べても食べても、まるで触感の違う真綿を食べ続けているよう。
それでも。

「…本当、美味しいわね」


皆と作ったカレーだから。

それはきっと、美味しかったはずなのだ。



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