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痛みすらももう感じないくらいにやられて、どれくらい?
多分、今周囲は自分の血の海だ。
悲鳴を上げ過ぎて声も出ない。
全身を切り刻まれて、今零仔は正に虫の息といった状態だった。
脳無はどこかへ行ってしまった。
今奴は誰を襲っているのだろう。
そういえば毒ガスの臭いがしない。
誰かが臭い元を絶ったのかもしれない。血の匂いで鼻が利かないから、分からないが。
このままだと多分、死ぬだろう。
失血、低体温症。要因は腐るほどある。
ひゅぅ、ひゅぅ、と僅かに息をしていると、零仔の上から黒い霧が現れた。
この霧を知っている。
その霧から出て来た、白い髪や、腕の正体も。
「あァ…ひでえな。荼毘め、専用の脳無くれてやったのに…ほっといたら死んじまうなァ、こりゃあ」
「………し、がら……き……」
「分かっただろ?この社会は、この世界は、お前を受け入れないってことが」
燐に言われた事。爆豪に言われた事。
ああ、分かっている。分かっているとも。
死柄木に言われなくたって、ずっと肌で感じていた。
散々否定され続けた零仔の心は、もう限界だった。
「……ころ、…せ……」
「……へえ?」
「…嘆かわしい事ですね。こんなに追い詰められているヒーローの卵…いえ、少女一人救えないヒーロー達とは」
黒霧の言葉が、もうあまり聞こえない。
血を流し過ぎたのかもしれない。
「…もう、…ころ…し、て……」
「可哀そうに。可哀そうになあ、栂野。こんなに頑張って生きて来たのに」
「し…がら、き…」
「たった一言の『生きてもいい』を誰も言ってくれないなんてなあ」
死を懇願するようになって。
そうだ。誰も、生きていいなんて言ってくれなかった。
誰もが「生まれなければよかった」と言った。好きで生まれたわけじゃないのに。
零仔が、たった一つ欲しかったのは。
「いいよ、栂野。お前は『生きてもいい』んだ」
「……ぁ………」
「ヒーロー達とこの社会はお前を受け入れなかった。でも俺達は違う。俺達はお前を受け入れよう。お前を赦そう。誰もお前を拒絶しない、ありのままのお前を受け入れる」
死柄木の姿がかすんでいく。
頭が上手く働かない。徐々に視界が黒く塗りつぶされていく。
そしてそのまま、意識もブラックアウトした。
意識が、軽く、浮上する。
ああ。どうしたんだっけ。死柄木に見つかったんだったか。
なんだか、周りが騒がしかった。
「おや、荼毘。女王様がお目覚めのようだ」
「よし、死んでねえな。行くぞ」
「んじゃーお後がよろしいようで…」
ピエロのような男が霧の中に引っ込もうとした時、恐らく青山のネビルレーザーがピエロ男に直撃した。
その時に持っていた2つのボールのようなものが零れ落ちる。
その中の一つを障子が取り、もう一つは荼毘が取り返した。
「確認だ、『解除』しろ」
「っだよ今のレーザー!俺のショウが台無しだ!」
そうぼやいてピエロ男が指を鳴らすと、荼毘が奪ったボールが爆豪へと変化する。
(爆豪くん…どうして…)
爆豪が霧へ飲み込まれていく。
ボールを拾い損ねた轟が、あと一歩を踏み出して、零仔に手を伸ばした。
「零仔…ッ!!手を伸ばせッ!!」
「――――…焦、凍、く……」
手を、反射で伸ばそうとして。
酷く自分の手が血で汚れている事に気づいた。
伸ばしかけた手を、荼毘が優しく取る。血の汚れなんて気にしないと、まるで貴婦人のエスコートをするかのように。
必死の形相で手を伸ばす轟を、嘲笑うように、または憐れむように。
「好きな女一人すら救えねえ、か。皮肉なもんだよ」
荼毘が零仔の手を取ったその手で、彼女の顎に手を添えた。
散々血を吐いて血まみれになった口周りは、まるで口紅を塗ったよう。
「哀しいなぁ、轟 焦凍」
零仔と荼毘を沈めて霧が消えていく。
手を伸ばせなかった。
轟の顔はあまりに必死で、見ている方が辛くなるくらい。
「……ごめん、なさい……焦凍、くん……」
その謝罪は一体、どの意味を含んでいるのだろう。
零仔自身にもわからぬまま、轟の姿は霧の向こうに掻き消え。
掴みかけた轟の手は、虚しく空を切った。
「ッ、零仔……!!!!」
爆豪へと手を伸ばせなかった緑谷と。
掴めなかった手を地面に叩きつける轟の悲痛な声だけが、敵の脅威が去った森に、響いていた。
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