くそ、やられた。
セイロス騎士団の同伴とはいえ、敷地外での野営はもっと外部の警戒をするべきだったのだ。
森の中を駆けまわる。背後から何十人もの足音、怒号。盗賊の声だ。
何故こんな所に盗賊がいるのかは疑問だが、どうも生徒達を殺すつもりのようだ。個々の生徒達は皆各国の要人の嫡子ばかりだ、殺させるわけにはいかない。
大勢の盗賊に野営キャンプ地が囲まれた直後、私は囮として飛び出した。盗賊たちは私を狙って大勢引き連れて追ってきている。あちらに残っているのは少ないだろう、きっと生徒達でも対処ができるはずだ。

(相手はどうも手慣れている。戦力の分散、隔離…私が囮になっている間に級長達が騎士団を呼んできてくれればいいけれど)
「いたぞォ!!」
「小娘一人に何を手間取っている!!」
(……時間稼ぎも限度がありそうね)

舌を打つ。
八つ裂きにされるまでに間に合ってくれよ、と祈っていると明らかに盗賊の者ではない足音が3つ、私の背後に着いていた。
先程まではなかった気がするが、誰か囮としてついてきていたのか?と振り返る。

「お、グゼル!逃げる方角が一緒だとは偶然だ!」
「クッ……クロード様…!!?何故ここまで来られているんです!野営で待機を頼んだはずでは…ッ」
「残念だけど、クロードだけじゃないのよ!」

背後から更に声が聞こえてくる。ああ、まさかまさかだ。
金鹿級長・クロード様、そしてこの声は確実に黒鷲級長・エーデルガルト様だ。
何故揃いも揃って最重要人が二人も揃っているのか!ほぼ貴方達のために私は囮になったのに!
…いや待て。ではあと一人の足音は誰だ?

「グゼル!」

……嗚呼。嗚呼!
澄んだよく通る声。そうだ。彼らがいるのだ、あの御方がいないはずがない。
そもそも彼はこんな時真っ先に自らが囮として前線に出ていくであろう御方だ。失念していたわけじゃない。

「殿下…!貴方様まで!何故来てしまわれたのです!貴方方に盗賊が行かぬよう私が囮になるといったではありませんか!」
「お前一人を囮にさせられるものか、無謀だ!兵力差を考えろ!」
「貴方が真っ先に囮になって飛び出した矢先にクロードとディミトリが貴方を追い掛けて行ったのよ…」
「もう…!」

私が飛び出した意味とは何だったのか。クロード様の事だ、先程偶然と言っておきながら私のあとをつけて来たのだ。
彼らがこれでは私のような従者たちはさぞ胃を痛めるであろう。既に私も胃が痛い。
ドゥドゥーは何故殿下を止めてくれなかったのか。あとで問いただす。

「グゼル、盗賊たちを撒く当てはあるの?」
「暫く逃げ回って騎士団が到着するまで時間を稼ぐつもりでしたから、そこまでは」
「本当に無策だったのか?ディミトリすごいな、お前の従者は」
「殿下の責任ではありません、クロード様。…こうなる事を予測しなかった私の失態です」
「…これはさり気なく俺達が責められてるのか?」
「まあそうでしょうね」

森を駆け抜け、開けた場所に出るとそこは村のようだった。
村に盗賊を招き入れてしまってはだめだ。やはり自分の失策には頭痛がしてくる。
迂回しようかと見渡すと、村人にしては重装備の男達が数人村の外で見張りをしているようだった。

「村だな。どうする」
「あそこの見張り番、恐らくこの村の者ではなく傭兵です。話をして助力を乞いましょう」
「そう簡単に事が運ぶかね?」
「私達はともかく傭兵たちは盗賊という危険分子を排除したがるでしょう。それを交渉材料とします」

盗賊たちが追い付く前に交渉を終えなければならない。
急いで私達は村に走り、傭兵たちに話をつけた。
彼らは傭兵団としてこの村に一時的に留まっていただけに過ぎなかったらしいが、私の予想通りやはり村に危険分子が入るのは望ましくないらしい。
傭兵に恩を売る形にはなるが、背に腹は代えられない。
暫くすると奥から傭兵団の団長らしき屈強な男と若い男が傭兵たちに連れられてやってきた。

「こんな時間にガキどもが揃って何の用だ?」
「実は私達、盗賊団に追われているんです。どうか力を貸していただけませんか?」
「盗賊だと…?…それにその制服は…」

男が顔を顰める。…この男の顔、どこかで見たことがある気がするが気のせいか?
だが傭兵で顔が知られている男なんてどこにも、と一瞬浮かんだ考えをする頭の隅に追いやる。
どうも彼は私達の制服に見覚えがあるらしい。説明する暇が省けて助かる。
暫くすると見張りの傭兵がこちらに走って来た。村の外にかなりの大所帯の盗賊がいるらしい。やはりほとんど全員がこちらに来たのだろう。

「きやがったか。ったくガキどもはともかくこの村を見捨てるわけにはいかねえ…おい、行くぞベレト、準備がいいな?」
「ああ」

若い男、ベレトと呼ばれたその人は眉一つ動かす事なく一言頷いた。
この傭兵団の副団長か何かだろうか。しかし全くと言っていい程表情が動かないさまがやや不気味な印象を受ける。
彼らの指示に従って私達は各々有利な地形に陣取った。
夜目が利く私は森の中に潜んで盗賊たちを待ち受ける。盗賊たちはやがて暗がりの向こうから群れのように駆け込んできた。

まずベレト殿と男が指示したのは、殿下とエーデルガルト様が二手に分かれて相手の戦力を分散させ、上からクロード様とベレト殿が後方支援、撃ち漏らした生き残りが森に逃げ込むのを見計らい私が討つ。
単純でいて合理的だ。そして相手の戦力や状況に合わせて柔軟に陣営を変えて対応する。
実に合理的な戦い方だ、佳寿では圧倒的にこちらが不利なのに戦いやすくて仕方がない。軍師がいればこうも違うのかと身を以て実感する。
――――欲しい。ファーガス神聖王国に、この力は必ずや良き働きを齎してくれるだろう。

(それにしてもあのベレトという男よりも…この男の動きは何だ?何て無駄のない…)

私が一人倒す間に彼が三人倒している。振り抜き、構え、どれをとっても洗練され切って無駄がない。
騎士の動きではない、冷静にそして貪欲に命を刈り取る『傭兵』の剣だ。
フェリクス様辺りがお気に召しそうな方々だ、きっと刃を混じえたがるに違いない。

暫くもしないうちに森はあらかた片付く。
森から出ると外もほとんど片付いていた。

「あとは残党をふん縛るくらいか」
「協力感謝致します。私は殿下の元に戻―――」

ふと、目に入った。
エーデルガルト様へ斧を振りかぶる、残党の一人が。

「ッエーデルガルト様!!!!!」
「、グゼ……ッ!?」

咄嗟に投擲した槍が残党の首に突き刺さり、斧が彼女に吸い込まれる前に骸と共に地面へと転がった。
よかった、何とか―――

「馬鹿!後ろだッ!!」
「、!」

振り返る。振り下ろされた剣先が見える。
手元に槍はない。咄嗟に太腿の短剣を引き抜いたが間に合わない。
これだから私は、未熟なのだ。せめて致命傷は避けようと身をひねろうとした時だ。
まるでこの事を読んでいたかのようにベレト殿が私と残党の間に割って入り、奴の剣を弾き飛ばした。

「あ…!」
「怪我は」
「、な、ないです…」
「ならいい」

今の動き。完全に相手の動きを読んでいた。
いや、それにしては動きが完璧すぎる。まるで「最初から分かっていた」みたいに。
尚も動かぬ表情にぞく、と寒気を感じてしまって指先が少し冷え始めた時、視界の端に駆け寄ってくる殿下の姿を捉えて我に返った。
私、戦場でよりにもよって恐怖したのか。敵ではなく、味方に。
――――それに、どうしてだろう。
ベレト殿が割って入ってくれるその一瞬前に、あの賊の振り上げた剣が確かに私の首に真っ直ぐに突き立った瞬間を、私は感じた気がしたのだ。
その喉元に触れる冷えた刃の感触が嫌にリアルに感じて、私は掌に薄っすらと嫌な汗を掻いてしまっていた。



戦闘の後私は事後処理と駆けつけたセイロス騎士団の方々への報告の為その場を離れた。
騎士団の一人であるアロイス様曰くあの傭兵の男の名はジェラルトといい、20年ほど前はセイロス騎士団の団長だった男なのだそうだ。『壊刃』という異名は聞いたことがある。
元々傭兵なのではなく元騎士だったのだ、見覚えがあるのは納得がいった。
そしてその息子が同じく傭兵のベレト殿だという。親子だというが全く似ていないようにも見える。母親似なのだろうか。

報告を終えて殿下の下へと戻ると、殿下とクロード様とエーデルガルト様はベレト殿と談笑していた。ベレト殿の表情は全く動いていない様子だが。
…だが嫌では決してなさそうではあるし、殿下達も楽しそうではある。
邪魔になってしまわぬだろうか。殿下のあのような楽しそうな御顔など久しく見ていないし、今声をかけるのも勿体ない。
アロイス様にもう少し詳しい状況報告とドゥドゥーへの報告と情報共有の為にその場を後にした。



暫くしてガルク=マク大修道院に戻ってくると、まず私は真っ先に医務室にぶち込まれた。
私が真っ先に囮になった事、そして戦いで細かな傷をいくつか負っていたことでマヌエラ先生が怒っていたのだ。
手当は直ぐに済んだものの、一人で囮になろうとしたことに関してはマヌエラ先生だけでなくハンネマン先生にまでお叱りを受けてしまった。
此処まで大ごとになるとは思っておらず、確かに無策であった事も負い目であった事から甘んじてお叱りを受けた。
死にかけたのもあるだろうし、私も猪突猛進ぶりはもう少し控えねばならない。

(でなければ、ただでさえフェリクス様に猪と呼ばれている殿下への目も更に厳しくなろう…)
「グゼル!」
「!」

耳馴染みのいい声に思考が浮上する。面を上げるとドゥドゥーを伴った殿下が眉をやや顰めて立っていた。

「殿下…!」
「マヌエラ先生から容態は聞いた。大事に至らなかったからいいものを」
「……此度の失態、恥じ入る次第です。余計な気を回させてしまい…」
「そうじゃない。お前はいつも良く動いてくれている。それは嬉しいが、もっと俺達や学級の皆を頼れ。この士官学校では俺達は身分の垣根を超えた「生徒」であり「同級生」だ」
「…それは分かっているのですが、どうしても慣れず…未だに殿下と肩を並べるというのが…」
「……俺としては、昔のようにもっと気さくに笑ってほしいのだがな。…今は、難しいかもしれないが」
「…………申し訳ございません」
「いや、無理をして接してくれずともいい。俺の我が儘だ」

申し訳なさそうに笑う殿下に心が痛む。
いいえ、いいえ殿下。貴方様がそのような御顔をする事はないのです。
寧ろ貴女の願いを叶えるべき私が我が儘を言って貴方様を困らせている。私は殿下に甘えているだけだ。

「…ドゥドゥー、私がいない間殿下をありがとう」
「問題はない。情報を早く回してくれて、こちらも助かった」

ドゥドゥーがいるならば殿下は安心だ。彼の腕は確かだから。
彼は私をあまり責めなかった。彼も殿下の従者であるから、私の行動原理を理解している。
そして彼もきっと私の立場であればそうしただろうから、ドゥドゥーだけは私を責めなかった。

「そうだグゼル。俺達を助けてくれたあの傭兵…ベレト殿が今日はこの大修道院内を見て回っているらしい。困っていたり迷っているようなら力になってやってくれ」
「ベレト殿が?何故」
「まだクロードとエーデルガルト…各学級の級長にしか伝えられてはいないそうなんだが、どうも彼はいずれかの学級を受け持つ…つまりここの教師として就任するそうなんだ」
「教師に!?傭兵である人間を教師に抜擢するなど、レア様は何をお考えで…?」
「わからない。…悪い人間、ではなさそうだが容易に信用も出来ない。警戒はして置いて欲しい」
「御意」

あのレア様の事だ、何かしらの考えがあっての事なのだろう。
だが昨日まで傭兵だった男をいきなり貴族たちの集まりである士官学校の教師に据えるなど。
考えが全く読めない。

(胸騒ぎがする。……嫌なものでなければいいんだけれど)