「せんぱーい」

 ソファに腰掛け携帯ゲーム機で遊んでいると、隣に座っていたナナシが甘えた声で呼びかけ、首に両手を回して抱きついてきた。右肩に柔らかい胸が当たる。
 構ってほしいなんてことは火を見るよりも明らかだった。でも、あえて気付かないフリをする、という意地悪をしたくなる。彼女の方を見ることなく、画面を見つめたままで、生返事をする。

「ん?」

 案の定ナナシは機嫌を損ねたようで、俺の右腕ごと胴体に抱きつき直すと、肩に顔を埋めて、ぐりぐりと額を押し付けてきた。
 少しの間放っておくと動きは止まり、ただぎゅうっとしがみついているだけの存在になった。視線をやってもピクリとも動かない。

 しばらくそのままの状態で時が流れた。変化があるのはゲーム音だけ。やがてゲームのBGMに紛れて、肩に顔を埋めたままのナナシのヘソを曲げた声が耳に届く。

「先輩」
「ん?」

 先ほどと同じように生返事を返す。ぎゅっと体に回る腕が強くなる。

「いつまでゲームやるんですか」
「いつまでって、まだ1時間もやってないだろ?」

 拗ねた声でかわいらしいことを言われて、内心笑みが溢れた。しかし、ここは何も気にしていない風を装って、言葉を返す。
 すると、不満を表すように、再びぐりぐりとおでこが肩に押し付けられた。

「何時間やるんですか」
「特に決めてねぇけど、このゲーム面白いからなぁ」

 あえて意地の悪いことを言えば、うぅー、と不満げな唸り声が聞こえだす。

「せんぱーい」

 甘える声に、情けなさを含んだ悲しげな色が混ざり始めた。そろそろ構ってやるタイミングだろう。

「ナナシ」
「はい」

 名前を呼んでも顔は上げないまま、モゴモゴとした返事が返ってくる。

「ほら、ここ」

 足の間のソファの座面を叩いて教えてやる。音が聞こえたのか、ナナシはようやく顔を上げた。そして、ぱあっと顔を明るくさせて、輝いた嬉しそうな声を出す。

「わぁっ、良いんですか?」
「あぁ、来いよ」

 目を煌めかせ嬉しそうに笑って、さっと素早く俺の正面にやって来る。

「あれ?こっち向き?」

 俺としてはナナシを後ろから抱きしめながらゲームをするつもりだったが、ナナシは俺と向かい合うように跨って腰を下ろした。

「こっちじゃないと先輩のこと見れないじゃないですか」

 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめながら、真っ直ぐな言葉を放つ。思わず頬が緩み、愛しい気持ちも溢れ出す。

「今日はゲームじゃなくて、先輩を見てたいです」
「へぇ?見てるだけで良いの?」

 ニヤける顔を誤魔化すように、そう悪戯っぽく言えば、彼女は一段と目を輝かせる。

「ちゅーもします」
「了解」

 膝立ちになった彼女の左手は俺の右肩へ、右手は左頬へ優しく触れた。俺はゲーム機をソファに放り出して、彼女を支えるように両肩に手を添える。いつもとは違い、俺よりも高い位置からナナシの顔が近づいてくる。ちゅっと柔らかな唇が触れた。
 顔が離れて彼女を見上げると、満足そうな笑い声と、少しはにかんだ満面の笑みが目に入った。ゲームの音楽は流れたまま。でもここからしばらくは彼女との時間になりそうだ。