「ナナシ、」

 寝室で朝の身支度をしている最中、寝室奥のバスルームに向かう途中の先輩から声をかけられた。一体なんだろう?寝間着のTシャツを脱いで上半身は下着だけの状態で、右手にこれから着る予定のTシャツを掴んだまま声の方へと振り返る。

「あーいや、やっぱなんでもない」

 けれども何故だか視線を逸らしてお茶を濁された。Tシャツに袖を通して頭から被る。今日は黒のオーバーサイズのTシャツだ。

「なんですか?気になるんですけど……」

 呼びかけられて「なんでもない」と言われても、何を言いたかったのか気になってしまうのは仕方がない。

「いや、なんでもない」

 少しバツが悪そうに、私の足元を見つめたままそう言われたけれど、やっぱり気になる。私の言葉をスルーしてバスルームに行くか迷った様子の先輩をじーっと見つめながら無言で催促をしていると、観念したのか、重い口を開いた。

「分かった、言うよ。でも怒らないでくれよな」
「はい」

 その時点で私にとっては良くないことだというのが確定した。いやでも、先輩から見てそうだというだけで、私にとってはなんてことないことかもしれない。僅かな希望に縋るように、続けられる言葉を待つ。

「……ちょっと太った?」

 暫しの沈黙ののちに紡がれたのは、やはり私にとって良くないことだった。けれども心当たりがあるにはある。ジーンズを履く時、以前と比べてちょっとキツイかな、と思うことが確かにあった。太ったという事実と、先輩にもそれがバレたということが重なって、なんと返そうか迷い、沈黙の時間が訪れる。

「ほら!言わない方が良かっただろ?」

 いつもはキリリとしている眉をハの字に曲げ、眉間にしわを寄せ、目を細めて、先輩は都合悪そうにしている。

「……別に怒ってはいないですよ」
「ほんとに?」
「はい」

 怒っていないというのは事実だった。どちらかといえばショックを受けた、という方が今の私を正しく表している。

「心当たりはあるんです」

 突然の告解に、先輩は不思議そうな顔をした。

「ここ最近、おやつにドーナツ2つと追いチョコしてて、摂取カロリーが今までよりも明らかに増えてるんですよね……」
「あー、まぁ確かに。言われてみれば、家でもおやついっぱい食ってたもんな」

 先輩の目から見ても、おやつは食べ過ぎらしい。後悔の念に包まれて気落ちしてしまう。

「やっぱりおやつは控えて、痩せた方が良いですよね……」
「いや、別に。ちょっと厚みが増したかなぁ……って思っただけで、痩せろって意味ではねぇよ」

 優しい声色の言葉が、お腹に手を添えた私に降り注いだ。それでもやっぱり好きな人には素敵だと思われたいのが女心。おやつを我慢するのはちょっとだけ難しいかもしれないけれど、運動量を増やすのはそこまで苦ではない。

「やっぱり痩せます!」
「そう?」
「はい!」

 勇ましく宣言すると、先輩はふっと優しく笑った。