いつもと同じだった。音楽に紛れてあちこちで言葉が飛び交う賑わいのある店の中、隣り合ってカウンターに並び、ジェイミーとお酒を飲み交わしている。お酒が入り感情に緩みが出てきたことで、しょうもないことでゲラゲラ笑ったり、しょんぼりしたり。下品ではないが、特段上品でもない、店の品格に合わせた時間を過ごしていた。
二人揃って半分ほど酒の入ったグラスをテーブルにトトンと置く。ふと何気なくジェイミーの方を向いた。彼も私を見た。交わった視線がいつもと違った。ジェイミーも、私も、確かに違った。空気は一瞬にして、しっとりと艶めいたものに変わった。店内の喧騒が遠くに聞こえる。
驚いて小さく息を呑む。ジェイミーも軽く目を見開いた。でもそれはほんの一瞬のことで、彼の目は今までに見たことのない色にじわりと染まる。
この感じは、ダメだ。頭の中で警鐘が鳴り響く。
これは、先輩と私の関係が変わったあの日あの時の空気と同じもの。今の私にとっては、流され受け入れることは許されないこと。私の焦りをよそに、周囲の騒がしさは蚊帳の外に放り出して、
彼が私の方に体の向きを変えて、片手を私の肩に添えた。ゆっくり顔が近づいてくる。
先輩の時は揺蕩う空気に身を任せてキスを受け入れた。でも今の私には先輩がいるのだから、そんなことはダメだ。そう、絶対にダメだ。
受け入れるのではなく、拒絶のためにぎゅっと目を瞑り、俯いて視線を断ち切る。それでも私を見つめる視線を変わらずに感じる。
どうしよう、どうしたら良いんだろう。焦燥感が増すばかりで、対応案は何も出てこない。けれど、どうにかしてこの空気を変えなければ。意を決して目を開き、先ほどよりも近い距離にある瞳と視線を交わらせる。
「ジェイミー」
「ん?」
呼びかけてはみたものの、結局は見切り発車のため何を話せばいいのか分からない。加えて、いつもよりも優しい彼の声色から、視線から、顔つきから。色気を感じてどぎまぎしてしまい、私の視線は情けなくも再び膝へと落ちた。
ジェイミーと私はそんなんじゃない。流されないように抗って、自分にそう言い聞かせる。その間にもテーブルの上に置いていた右手に、彼の左手がそっと触れた。ドキンと心臓が跳ねて、なぜだか嬉しささえ覚えてしまった。そんなこと、絶対にダメなのに。手を引っ込めようとすると、許さないと言わんばかりに、ぎゅっと握られる。困惑しながら彼を見つめた。
「ジェイミー」
咎めるように名前を呼んでも効果はなく、こちらを見据える熱い視線と、私の右手を包み込む左手に変わりはなかった。
手をどけようと彼の左手を掴むと、私の右手だけでは飽きたらないと言わんばかりに、もう一方の手が重なってきた。開放する気はないという確固たる意志を感じる。
大人しく諦めて、彼の左手に重ねた手を引っ込めようとすると、最初に重なった手はそのままに、彼の右手はすんなり離れてくれた。
「ジェイミー」
「……」
「私たち、こんなんじゃない。そうでしょ?」
向き合う瞳に胸を高鳴らせながら、熱を込めて見つめられるのをまっすぐに見返して、諭すように語りかける。ちぐはぐで、まったく可笑しな話だ。どっちが本当の私なんだろう。そんなの諭す方に決まってる。そう思いたかった。
「ジェイミー」
再び名前を呼ぶ。静かな荒さを滲ませてこちらを見つめていた視線がすっと緩んだ。それから彼はゆるりと視線を落として、握っていた手がようやく離れた。
「……そうだな」
名残惜しそうにも聞こえる声色だったけれど、その答えを聞いて安堵する。けれども確かに、頭の片隅には残念に思う気持ちがあった。その気持ちが決して大きくならないように、箱の中にしまって鍵をかけて、意識の影に押し込んだ。これで大丈夫なはず。ジェイミーとの関係は変わらないし、先輩に後ろめたいことなんて何も起きていない。
示し合わせたわけではないけれど、二人一緒に酒を煽りグラスを空にして、トトンとテーブルに置いた。そこからはほら、もういつも通りの空気。そう、これで良かった。それでも、先程までの気持ちは厳重に奥底に追いやったはずなのに、心のどこかに引っかかりは残ったまま。私の心からの思いは、一体何を望んでいるのだろうか。