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臥龍桜



まるで臥龍桜ですね、と女は言った


「散る桜と昇る龍を同列に扱うとはな。Uniqueな奴だ」


「そうでしょうか。私には案外似た者同士に見えますよ」


そう言って女は笑った。邸の裏手に横たわる山の中腹、そこには桜の大木が根を張っている。せっかくの日和だと乞われて連れてきたが、女は酒も桜も半ばでただ空を仰いでいた。


「……一年、か」


隣で寝そべっている女から手元の盃に目を移し、呟く。何がですか、と尋ねながら女は上体を起こした。


「お前が来て一年経った」


「まあ。時間が流れるのは早いですねえ……」


大して驚く様子もなく目を丸め、柔和な微笑を口元に湛える。間延びする声と午睡を誘う雰囲気を持つその女に、ほんとうにわかってるのかと言った。


「俺の邸に突然現れ、もう一年。未だ手掛かりなしというのに、お前は全く動じないな。帰りたくねえのか」


女は文字通り突然目の前に姿を出した。あの日、俺はいつものように居室で執務を片付けていた。断りなく襖を開けられたかと思えば、そこにこの女は立っていた。見慣れぬ衣装をまとい、互いの顔を見合わせて訪れた沈黙の最中、発した第一声が「迷いました」だった。豊臣の奇襲にも動じなかった自分でも、この時ばかりは佩刀に手を掛けた。決死の釈明がなければ、拘束し素性を手荒く吐かせていたかもしれない。


「帰りたくないわけじゃないですけど、片倉さんもみなさんも良くしてくれますしねえ」


遥か先の日ノ本から来たというこの女は、存外順応力が高かった。親類縁者が居ない戦国の世で女が一人で生きるというだけで苦心しそうなものだが、この女は涙を見せるどころか常に笑みを無くさず、積極的に人に教えを乞うていた。謙虚な姿勢と人好きする笑顔、加えて春の陽射しのような雰囲気から瞬く間に好かれ、今や仕事外ではもっぱら農民の畑仕事に従事している。誰よりも敵視していた小十郎の奴も信用している様子。


「家族のことは好きですけど、ここのみなさんも好きですよ私は。だからあまり焦りとかないです」


「……甘い奴だ」


「未来人ですから」


なんて訳のわからねえ免罪符で笑ってみせる。盃を呷る。陽光に当てられてぬるくなった酒が喉を滑り落ち、それでも火照った体を幾分か冷やしてくれた。


「こうして覗き込むと、桜って龍に見えませんか。政宗様」


「Ah?」


「まるで龍の下に居るようです」


天を仰ぐ。澄み渡る青空に被さるようにして大樹の梢が伸びている。細く、太く、しなやかで、角張っているそれらには一様に淡い桃色の花びらが咲き誇っており、降り注ぐ陽光を崩して落としていた。崩れた細い陽光の中で、彼女はそれでも穏やかで、争い事とは無縁と映る朗らかな笑みを浮かべる。目蓋を伏せ、まるで堪能するかのように気持ちよさそうだった。つい、と視線を持ち上げる。淡い色が占める天上は、それはそれは見事で鮮やかな景色を生み出していた。


「――そうかもしれねえな」


ふ、とこぼす俺に彼女は音もなく笑って頷いた。散る桜と昇る龍。そのどちらも等しく美しいんだろうと思った。