帰ろうと鞄を持った時、同じクラスの男子に声をかけられた。話したいことがあるとかで場所を無人の空き教室へと移動し、私は彼に向き直る。
「話したいことってなに?」
問いかけると、男子はしばらくしどろもどろに狼狽えていたが、意を決したように私を強い眼差しで見つめ返す。なんとなく肩に力が入る。
「好きだ! 付き合ってくれ!」
腹に溜まっていた気力をすべて放出したかのような、力強い告白だった。こんな場所に呼び出されたのだし道中で予想ついていたが、こうして面と面向かって言われるのはまた新たな心境になってしまう。
「ごめんね」
けれど、私はその気持ちに応えることはしなかった。男子は上気した顔を一瞬にして土気色にする。ショックがありありと出た様子に、さすがに良心が痛んだ。
「好きな男の子いるから」
これには男子も納得せざるをえなくて、意気消沈した面持ちでそれ以上なにかを言うことはなかった。気まずい沈黙が耐えきれなくて「好きになってくれてありがとね。じゃ」と伝えて踵を返す。冬が明けつつある長い廊下、開放した窓からは涼し気な風が通っている。足早に曲がり角を曲がったところで。
「――あっ」
角の影に潜むヒロと目が合う。
「……なにしてんの、こんなとこで」
呆れ混じりの語調に、彼は怒られた時みたいに委縮した。大きな目をぎゅっと閉じ、肩を小さくし、触角をぷるぷる震わす様にはえもいわれぬ感情を覚えてしまう。健全な女子でありたいんだけどなあ。
「ぁ、あの……」
蚊の鳴くような声に「ん?」と聞き返す。彼はなにに引け目を感じているのか、視線を落として俯いている。
「その……」
なにが言いたいんだと先を待っているが、ヒロは言葉を吐く代わりにちらっちらっと私の背後を見遣るので、彼が説明する前に言いたいことを理解した。
「告白されたんだよ」
先程の出来事をありのまま、飾らずに話してやると、案の定彼は「うぇ!?」とか意味不明な声を上げて全身で驚く。私が気になって着いてきたものの、肝心なところで臆病風に吹かれてしまい、結局私が出てくるのを待つことにした。おおかたこんなところだろう。
「幼馴染なんだから聞きたいならはっきり言いなよ」
「そ、それは……。やっぱり言いたくないこととか、あったりするわけで……。き、きみにも、あるのかなとか……、ぉ、思ったりしまして……」
「ヒロに隠し事? しないよそんなこと。なんで?」
「それを僕に聞かれても……」
「ヒロが言い出したことじゃん」
「うっ……」
彼は怖がりだ。お化けとか虫とかそういうのじゃなくて、大切な人に対して怖がる。望む答えと違う答えが返ってくるのを恐れている。だから自分を受け入れてほしいという望みを口にすることを、彼はたいそう怖がる。ゆえに言葉にしない。とはいっても行動はやっぱり素直なので、このように私には筒抜けなのである。
「安心して。ちゃんと断ったから」
こわばっていた肩が目に見えて脱力するのだから、ほんとうに隠す気あるのか問いたくなる。そこまで気になるなら言っちゃえばいいのに。私が彼の望みを拒むなんてありえない。だって、それは。
「私はヒロが好きだもん」
自分に素直なようで素直じゃない彼を。私のこと好きなのに、私の好意を信じきれない彼が。不器用でも人一倍執着心が強い彼のことを、私は誰よりも好きなのだ。それでも今日も彼は応えてくれることはなくて、その代わりに私の手をぎゅっと握ってくる。置いていかれないようにする子供みたいに。
