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またこの場所で



次に目を覚ましたのは真っ白な世界でだった。風も太陽も月もない世界。横たわったまま見る天井には、星もなくて白だけだった。上半身を起こす。するとどうだろう。真っ白だった天井は群青色に変わった。澄み渡る青色には、薄く引かれた白い雲。私が立つこの場所は、見慣れた公園だった。足元は砂利で埋めつくされていて、見渡せば懐かしみを感じる公園の遊具が数々あった。


「何故……」


“ここに?” という問いは続かなかった。ブランコに座って本を読む人影が見えたからだ。その人影に近付けば近づくほど、私の鼓動は早鐘を打ち全身が熱くなっていく。耐えきれない熱を冷まそうとしても、その姿が視界に入っている限りそれは無理なこと。じゃり、じゃりと砂利を踏み鳴らしてその人との距離を詰める。爪先が触れそうな距離になると、心臓が大きく波をひとつ打った。


「――レギュラス?」


「待っていましたよ。お久しぶりです」


震え震えの問いかけに、その影はけろっとして顔を上げた。息を呑むのが解った。だって、彼が目の前に居るのだから。居るはずのない人物が目の前で私と喋っているのだから。戸惑いを隠せず狼狽える私を見て、彼は困ったように、呆れたようにふっと笑んだ。


「相変わらずの機転の無さですね」


「なんで……」


「貴女が何故ここで目を覚ましたのかを思い出せば、僕と話せる理由も解りますよ」


勿体ぶらないで教えて欲しいと思った。だけどそれ以上は言わないと本に視線を移してしまったので、無理だとすぐに理解した。私は自分に問い掛けてみる。私は一体何故ここに居るの? 彼は何故ここに居るの? その問いが思考と胸中を満たす。思い出せ、思い出せ。できるはず。念じるようにぎゅっと目を瞑り思考を巡らす。
すると、頭の中に色々な記憶が浮かび上がって、コマ送りのように流れた。様々な景色や人との会話、食べ物や買った服にペットの姿まで。鏡の前で髪をセットする私、ホッグズ・ヘッドでバタービールを飲む私、ハニーデュークスで大量のお菓子を買い占める私。どの私も笑っていて、その隣にはレギュラスが居た。そして記憶は流れ、最後に見た記憶の私の姿はベッドに横たわっているものだった。銀の髪の毛が入り混ざった白髪に、シワだらけの顔、手は皮膚が萎びがようにシワだらけで手の骨にぴったりと張り付いているため血管が浮き出ている。そんなよぼよぼの老婆の私は、自分の部屋のベッドに静かに横たわって、そして微笑みながら瞼を下ろした。


「じゃあここは天国……?」


思い出した、すべて。私は死んだのだ。寿命を迎えて静かに息を引き取ったのだ。そしてこの場所はレギュラスと初めて会った場所であり初めて二人一緒で訪れた場所。


「ここは天国でも地獄でもありません。どうやら死んだ者は、生前特に思い入れの強かった場所で目を覚ますようです」


「……レギュラスもここ、大切と思っていたんだ」


「貴女を待つ場所としてここに来ただけです」


方向音痴ですからね、貴女は。とにこりともしないで言ってしまうけど、それすらも今は嬉しく思えてしまう。だって彼とは何十年振りに会う恋人だから。くすくすと笑えば眦から生暖かいものが流れた。頬を伝う。それが涙であることは二人ともすぐに解った。だけど抑えられないし収まらない。脈を打つように涙が溢れて流れるのだ。