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似た者兄妹



日が昇りきった昼過ぎは民衆の活気が最高潮に達する。火影室から一望できる里の中は人の往来に溢れ、その歓声はここまでうっすら聞こえてくるほど。千手とうちはが手を組み創り上げた木ノ葉は今や他族が成す里にも肩を並べるほど拡大した。戦は目に見えて減り、負傷者やそれによって蔓延する病も、今では勉学に励み優秀な腕を持った医療忍者によって殆ど完治される。あの地獄を生き抜いた者にとってはまさに夢に見た光景と言えよう。里の存続のために追われる業務が日常茶判事となった今、俺はかつてないほど疲れを感じる出来事に遭遇している。


「持ってきたわよ柱間ァ!」


「おおっ、待っておったぞ。名前の作る飯は格別だからな。日々の楽しみぞ」


「か、勘違いしないで。これはマダラ兄さんのために作った弁当の余り物を勿体ないからあげてるだけだから」


今すぐ眼前の女の兄を呼び出して連れて帰ってもらいたいと切望した。マダラに懇願したいと思う日が来るとは。あの男の憎たらしい顔が過ぎって、あんな男に頼るくらいなら無理難題でも己の腕で解決してやりたい。火影室で下忍から回された報告書に目を通して捺印しながら隙を見ては職務怠慢に勤しもうと画策する兄者の監視をしていたところ、牛の群れが襲ってきてるような轟音を鳴らして乱入してきたのがマダラの妹である名前だった。柱間ァ! と兄そっくりの猛々しい声を上げて共に突き出されたのはおそらく自製の弁当。活力を奪われた老翁よろしく机に項垂れていた兄者も、彼女の登場にすっかり本調子を取り戻し差し出された弁当を卓上に並べていた。長兄の余り物と言う割にはきちんと作られている品々に兄者は感嘆を漏らす。褒められた名前はあの男によく似た目元を吊り上げ強気の姿勢を見せるが、素直な目の輝きまでは取り繕えていない。


「兄者」


「どうした扉間よ。お前も食うか?」


「何が混入されてるか解らないものは食わん」


「そんな言い方はよさんか、扉間。名前の厚意を無下にするとマダラと打ち解けられんぞ」


「食べてもいないのにものを言うなんて千手は随分お高く止まってるのね。道理でうちはと、引いては兄さんと打ち解けられないはずよ。自分が狭量だからってとんだ風評被害だわ、やめてくれる? それか責任取って死ね扉間」


「以前ワシの弁当に毒針を仕込んだのは誰だ」


数日前のことだった。兄者が弟にもと余計すぎる気を回したせいで、彼女から弁当を渡されるはめになったのだ。綺麗に巻かれた卵焼きを潰すのは少し気が引けたが、背に腹は変えられなぬと箸で押してやると危惧したとおりの結果になった。鋭く光る毒針が出てきた時の名前の悔しそうな顔と言ったら。油断も隙もない奴と認識させられるところも長兄と同じだ。それを引き合いに出すとさしの彼女もぐっと押し黙る。


「ともかくだ、兄者。マダラの謹慎処分の件もある。里長が私情に」


「この卵焼き美味いぞ!」


「ほんと? 今度はこっちのかぼちゃの醤油煮を食べてみて!」


「おい」


「こっちも美味い! 名前は良い嫁になれる。夫になる男が羨ましいぞ」


「そうでしょう、そうでしょう。もっと讃えていいのよ、柱間。あ、あんたが言うなら毎日、つ、作ってやっても……」


「おお、この焼き飯も好みだ」


ワシの話を聞けと思ったが、もう何も言わないことにした。おのれが作った飯を褒めそやされた名前は頬に朱を挿し恥じらうが、反して兄者は何処吹く風と弁当を平らげることに夢中だ。兄者は弁当を食べ、頬張る大男を微笑ましい眼差しで名前は見つめ、そんな有様から目を背ける自分という、第三者が目を瞬かせるような光景が出来上がる。馬鹿ふたり割いてやる関心が惜しいと思い、報告書がそのままに広がった机と向き直る。筆を取り墨に浸して柔らかな紙に滑らせた。心頭滅却すれば火もまた涼しという諺があるように、おのれの責務に集中すればあいつらのことは自ずと頭から出ていくだろう。あの馬鹿ふたりに付き合うのはいい加減疲れてきた。


「マダラは健勝か?」


「もちろんよ。兄さんのことは私が見てるもの」


「そうか、そうか。料理上手な可愛らしい妹が傍に居れば滅入ることはないな」


「お、煽てたって何も出ないわよ? ……でも最近の兄さんなんだか寂しそうに見える時があるの」


「あいつは繊細な男だからな、何か物思いに耽っているのかもしれん。夜はそちらに寄ってみようぞ」


「兄さんもきっと喜ぶわね。あ、言っておくけどあんたを招くのはあくまで兄さんのためであって、私が来て欲しいとか、別にそういうことじゃないんだからね」


物凄くうるさい。あの男の思惑は関心があるところだが、繊細かどうかなんて心底どうでもいい。高熱にも関わらずワシの訪問にいち早く気づき臨戦態勢を構えただけではなく、用事を終えて帰ろうとしたワシの不意を突いて首を取ろうとした奴の長兄だぞ。案の定轟音に駆け付けたマダラともやり合うはめになってしまった。この兄妹と最低限以上の付き合いは持ちたくない。練ったチャクラで毒針を飛ばしてきた奴の顔を思い出したら図らずとも手に力が入ってしまい、大きな染みを作って紙を無駄にしてしまった。心底忌々しい兄妹だ。


「そうだなぁ、トメの豆大福を手土産にするか。あいつも気に入るだろう」


「は? 誰よトメって」


「馴染みの甘味処ぞ。あそこの看板娘が淹れる茶もまた格別での。マダラのやつも褒めていたぞ」


「私以外が作ったものを食べたの? 許せない、炙り出してやるわ、特にそのお茶淹れた女……」


「お前は実に兄想いだの、羨ましい限りぞ」


からからと大声を上げて笑うが、兄者、今の発言のどこに自身の兄を思いやる可愛らしいものがあったんだ。どう見ても殺人予告だろうが。あとそいつはマダラではなく兄者を想っているふうに見受けられるが、何故気づかない。またしても紙を無駄にしてしまった。


「扉間も一緒に行くか?」


背中越しに投げられるが、俺は間髪入れず「行かん」と切り捨てる。鬼も逃げる伏魔殿にワシが行くわけないだろう、兄者。気落ちしてるらしいマダラよりもまず、傍で殺気立っている名前の方をなんとかしろ。仕事に集中できん。