二度と見たくなかった白銀と再会する話
──軍本部・拘束室
鋼鉄の手枷を嵌められ、椅子に座らされたジゼルは、目の前の男を睨みつけた。軍の団長となった兄 ノゼル・シルヴァ。5年ぶりの再会だというのに、こいつはまるで昨日の続きでもするように、ジゼルの顎を掴んで顔を上げさせた。
「……っ!」
罵声を吐く間もなく、冷たい唇が重なる。
静まり返る部屋。居合わせたノゼルの同僚たち、そして弟妹たちが息を呑んだ。
何年経とうと、この男のすることは変わらない。
勝手に手に入れて、勝手に所有しようとする。
ジゼルの気持ちなんか、全部無視だ。
「──っ、」
歯を立てようとしたが、それすら読まれていたのか、ノゼルはあっさりと唇を離した。ジゼルは乱暴に顔を逸らし、唇を拭いながら吐き捨てる。
「……これで満足か、クソ野郎」
ノゼルの紫紺の瞳が細められる。
「お前がいるのに、満ち足りなかったことなどなかったよ」
囁くように告げられた言葉は、まるで恋人同士のもののように甘やかだった。
ジゼルは舌打ちしながら、心臓を殴りつけたい衝動を必死に押し殺した。ああ、大嫌いだ。
──軍本部・拘束室
鋼鉄の手枷が冷たく肌を刺す。
ジゼル・シルヴァは椅子に拘束され、目の前の男を睨みつけた。
ノゼル・シルヴァ。
5年ぶりの兄は、少しも変わっていなかった。軍の団長となり、以前よりも風格は増していたが、あの紫紺の瞳も、端正な顔も、冷徹な表情も、昔のままだった。
「久しぶりだな、ジゼル」
ノゼルは低く呟きながら、ゆっくりと手を伸ばす。
ジゼルは反射的に身を引いたが、逃げ場などない。
顎を掴まれ、強制的に顔を上げさせられる。
「……っ!」
罵声を吐く間もなく、冷たい唇が重なった。
──何年経とうと、こいつは変わらない。
勝手に手に入れて、勝手に所有しようとする。
ジゼルの気持ちなんか、全部無視だ。
「──っ、」
歯を立てようとしたが、それすら読まれていたのか、ノゼルはあっさりと唇を離した。
「……これで満足か、クソ野郎」
乱暴に顔を逸らし、唇を拭いながら吐き捨てる。
「お前がいるのに、満ち足りなかったことなどなかったよ」
囁くように告げられた言葉は、まるで恋人同士のもののように甘やかだった。
ジゼルは舌打ちしながら、心臓を殴りつけたい衝動を必死に押し殺した。
ああ、大嫌いだ。
***
「お前は、どこでどうやって生きていた?」
ノゼルの声は穏やかだったが、底に冷たいものを感じる。
「……さぁ?」
ジゼルは適当に肩をすくめる。
「気ままに、適当に生きてたさ。……裏社会でな」
「裏社会?」
「そう。生きるために情報屋をやってた。ま、誰かさんが『俺の大事な弟を探せ』なんて王国中に手を回してくれたおかげで、ずいぶん仕事がやりにくくなったけどな」
嘲るように笑うと、ノゼルの眉がわずかに動いた。
「……そんな危険な場所に身を置いていたのか」
「兄貴の檻の中よりは、ずっとマシだったけどな」
ノゼルの目が細まる。
「……ジゼル、お前は何も分かっていない」
「は?」
「外の世界は、お前には危険すぎる」
「ふざけんなよ」
ジゼルは低く笑った。
「俺はもう26だぞ? 5年も1人で生きてきた。誰かの庇護がなけりゃ生きられないガキのままじゃねぇんだよ」
「違うな」
ノゼルは静かに言った。
「お前は26ではない」
「……は?」
「俺の中では、21で時間が止まっている」
「……っ」
「お前がいなくなったあの日から、俺はずっと、ずっと、お前を探していた」
ノゼルの紫紺の瞳が揺れる。
「お前を取り戻すために、俺は……」
言葉を切る。
ジゼルはぞっとした。
この男は、本当に——
本気で、俺を箱庭に戻す気なのか。
「……馬鹿じゃねぇの」
ジゼルは吐き捨てるように言った。
「もう終わった話だろ。俺はあの日、お前から逃げたんだよ。……もう二度と戻らねぇ」
「戻るさ」
ノゼルは断言した。
「……お前は、俺のものだから」
その言葉に、背筋が凍る。
ジゼルは歯を食いしばり、ノゼルを睨みつけた。
「……ふざけんな」
「ふざけてなどいない」
ノゼルは微かに微笑んだ。
「お前は俺から逃げられないよ、ジゼル」
静かで、絶対の確信に満ちた声だった。
***
——再会してしまった。
ノゼルの狂愛は、5年経っても何ひとつ変わっていない。
いや、それどころか、より深く、より歪んでいた。
このままでは、また囚われる。
また、あの地獄に逆戻りだ。
ジゼルは密かに拳を握りしめた。
「……絶対に、逃げてやる」
再び自由を掴むために、彼は次の一手を考え始める。
ノゼルの執着と、ジゼルの決意。
互いの想いは交わらないまま、5年越しの攻防が幕を開ける——。
逃げられなかった。
長年培ってきた逃走術も、張り巡らせた情報網も、この場では何の役にも立たない。
ジゼル・シルヴァは軍の拠点に引きずられながら、己の運の悪さを呪った。
「……ついてねぇな」
ぼやいた声は、ひどくかすれていた。傷だらけの身体を引きずられ、錆びた鉄のような血の匂いが鼻を突く。身体の節々が痛み、立っているのがやっとだった。
軍──それも「銀」の本拠地である。ここがどこかなど、考えるまでもない。
懐かしい。だが決して戻りたくはなかった場所。
「おい、こっちだ」
無造作に腕を引かれ、扉の向こうへと放り込まれる。乾いた音を立てて閉ざされた扉を睨みながら、ジゼルはゆっくりと顔を上げた。
「…………」
目の前に立っていたのは、見間違えるはずもない男だった。
銀色の髪、冷徹な紫紺の瞳、威厳すら感じさせる凛とした佇まい。規律を重んじる軍人として完璧な姿。そして、誰よりも忌まわしい男──
「……久しいな、ジゼル」
ノゼル・シルヴァは微動だにせず、ただジゼルを見下ろしていた。
その声音は、ひどく静かだった。冷たく、感情の波を感じさせない。だが、ジゼルは知っている。この男の静寂が何を意味するのか。
嵐の前の静けさ──いや、それ以上に、これは氷のように固まった執着だ。
「お前が……まだ生きていて、よかった」
淡々と告げられた言葉。心配とも、安堵ともつかない響きに、ジゼルは思わず笑った。
「何言ってんだよ、ノゼル兄様。俺は、どんな手を使ってでも生き抜くって決めてたんだ」
その言葉に、ノゼルの瞳が僅かに揺らぐ。
「……そうか」
それだけを呟くと、彼は一歩、足を踏み出した。
その瞬間、背筋が凍るような感覚が走る。
──ここからが本番だ。
ジゼルは歯を食いしばる。
(逃げ道を探さないと……また、あの檻に閉じ込められる)
だが、ノゼルの足音は容赦なく近づいてくる。
逃げられない。
この男の前では、決して──
「ジゼル」
名を呼ばれる。その声音は優しく、けれど、どこまでも絡みつくように甘やかで。
次の瞬間、肩を掴まれた。
「……っ」
途端に、過去の記憶が脳裏に蘇る。
閉ざされた部屋。誰もいない静寂の中で聞こえた、低く甘い囁き。
強張った身体を抱き寄せるように、ノゼルはさらに距離を詰めてくる。
逃げ道はない。
「ジゼル、お前は──」
囁かれた言葉の続きを、ジゼルは聞きたくなかった。
けれど、耳を塞ぐこともできなかった。肉体関係をもっていた歪な兄弟である。しかしそれを始めたのは実はジゼルの方。安穏とした箱庭に閉じ込められて生き地獄を送るのが嫌だ。でも本質は、ノゼルが自分を見ない、自分の意思を聞いてくれなかったことが嫌だった。