弟妹達を心配する話
──シルヴァ家・応接室
「この方が……ジゼル兄様!?」
ノエルの驚愕の声が、静寂を切り裂いた。
応接室には、シルヴァ家の兄妹たちが勢揃いしていた。
ネルヴァ、ソリド、ノエル。
そして、彼らの視線の先には、5年ぶりに帰還(という名の監禁予定)を果たしたジゼル・シルヴァの姿。
──5年もの間、行方不明だった兄が突然連れ戻された。
それだけでも衝撃だったのに、目の前の男は自分たちが知る「ジゼル兄様」とはまるで別人だった。
「……あれ? え、ちょっと待ってください……本当にジゼル兄様ですか?」
ノエルは目をぱちくりとさせながら、困惑気味にジゼルを見つめる。
「うん? まぁな?」
ジゼルは苦笑しながら肩をすくめた。
「いやいや……僕たちが知っている兄様は、もっとこう……儚げで……病弱で……」
「……ほう?」
「だって、外に出られないくらい身体が弱いって……!」
ノエルがそう言った瞬間、ジゼルの表情がピキリと引きつった。
「病弱?」
「ええ、兄上(ノゼル)がそう仰っていました。だから私たちは、兄様は体が弱くて外出できないものだと……」
ネルヴァも頷く。
「………………」
ジゼルはゆっくりとノゼルに視線を向けた。
「なぁ、兄貴。……お前、こいつらにも俺と同じことしてないよな?」
ノゼルは少しの間、ジゼルを見つめた後、静かに首を振った。
「お前だけだよ」
「………………」
「お前だけが、特別なんだ」
「………………」
何か言葉を返そうとして、ジゼルはやめた。
きっしょ……
いやもう、何かを通り越して、ただただドン引きだ。
弟妹たちの無事には安堵した。
「お前ら、マジで大丈夫なのか?」
「え、ええ……私たちは普通に外出もできますし、騎士団の任務もこなしていますが……?」
ノエルが不思議そうに首をかしげる。
「兄様こそ、本当にジゼル兄様なのですか? 病弱という話だったのに……どう見ても健康そのものというか、むしろすごく……」
「やんちゃそう?」
ソリドがぽつりと呟く。
「ひでぇな、弟」
ジゼルは苦笑しつつも、心の底から安堵した。
弟妹たちは、ちゃんと自由に生きていた。
……少なくとも、ジゼルのような監禁生活を強いられてはいない。
「そうか……よかった……」
ほっと息をついた瞬間、不意にノゼルの腕がジゼルの肩を引き寄せた。
「っ……!?」
「当然だろう」
ノゼルは弟妹たちを見渡しながら、静かに言った。
「ジゼルは……俺にとって、特別だからな」
「………………」
ジゼルの顔が引きつる。
「……やめろ、気持ち悪い」
「何を今更」
「きっしょ」
まるで甘い囁きのようにノゼルが言うので、ジゼルは反射的に突き放そうとしたが、がっちりと腕を絡め取られてしまう。
弟妹たちは、目の前で繰り広げられる異様な空気に、何とも言えない表情をしていた。
「……あの、兄上?」
「何だ」
「その、ジゼル兄様に対する態度が、少し……」
「少し?」
「えーっと……」
ノエルが視線を泳がせる。
ネルヴァは困惑しつつも咳払いし、ソリドは若干引き気味に目を逸らしていた。
兄貴の異常性に、こいつらも気づいてないわけじゃないんだな。
ジゼルはそう思いながら、無理やりノゼルの手を振りほどくと、大きく息をついた。
「……まぁいいや。とにかく、お前らが自由に生きてるなら、それでいい」
ジゼルはふっと笑った。
「俺はもう一度逃げるからな。その時は、絶対に手を貸せよ」
「は!?」
「兄様!?」
驚く弟妹たちをよそに、ジゼルは堂々と宣言した。
「俺はこの家に戻る気はない。兄貴の執着に付き合ってる暇なんかねぇんだよ」
「お前は、また逃げるつもりか?」
ノゼルの低い声が響く。
ジゼルはニヤリと笑った。
「逃げるさ。だって、自由の方がずっと気持ちいいからな」
ノゼルの紫紺の瞳が、わずかに細められる。
弟を決して手放す気のない兄と、もう二度と檻に戻る気のない弟。
その戦いの幕は、今まさに切って落とされた——。