いただきます



 いつもと変わらない日曜の朝。モーニングルーティンのバターだっぷりのトーストにコーヒー。ミルクをたっぷり入れるのはご愛嬌。隣の部屋の友人が何度笑おうとこれが一番美味いのだから仕方ない。
 さて、新聞でも読んで時間を潰そうかな。何せ今日1日予定がない。たまにはこうしてゆっくり読んでみるのも悪くは──

 ちょうど俺がトーストをひとかじり、コーヒーを一口飲んだ時。普段は鳴らない丁寧なノックの音が響いた。「はーい」と返事をして席を立つ。俺の友人共ならノックなんてしない。部屋に入って俺を見つけて、そこでようやく「邪魔するねェ」とか「ツマミ持ってきたけぇ」とか「ごめん匿って!!」とか宣うのだ。俺が風呂上がりで素っ裸でもお構い無しに。ということは、だ。

「やっぱり貴方でしたか。センゴクさん。こんな朝からどういうご要件で?」

 扉を開ければ思った通り。昔からお世話になっているセンゴクさんだった。一階にいる管理人もセンゴクさんならいちいち俺に伝えたりしないし、何ならこの部屋も元々センゴクさんが使っていたのを俺に譲ってくれたものだしな。人気物件なのに易々と手に入って、いやぁーあの時は肩身が狭かった狭かった。
 一応一人暮らしをしているものの、センゴクさんは時折様子を見に来てくれる。ついでに上司経由で伝わったであろう俺の成績やら業務態度やらのお叱りを手土産にね。最近はやらかした覚えがないんだけどな……。

「朝から悪いな。要件というかなんというか……頼みたいことがあってな……」

「ほら、出なさい」と足元へ目をやるセンゴクさん。釣られて俺もそちらへ目を向けると、おずおずと出てきたのは可愛らしい少年だった。鳥の巣みたいな金髪。整えればくるくるのくせっ毛なんだろうけどこれじゃ目元も隠れてうっとうしいだけだ。よく見ると着ているのはこの地区で支給されている服で、微妙にサイズが合ってない。そしてこの痩せ具合。孤児か?

「この子は故あって私が保護して連れてきた子供でな……。だが知っての通り私はしばらく忙しくなる。家に帰れないどころかこの地にすらいない有り様だ。よってお前に預かってもらいたいのだ」

「え、マジで言ってます???」

 自分で言うのもアレですが俺ですよ?自他ともに認める不真面目野郎というか、自己中野郎というか。何なら俺だって残業して日を跨ぐような夜更かし常習犯。悪影響なのが目に見えてる。

「確かにお前は昔から手を焼かせてきた……。なら他に誰がいる?ガープにでも預けてみろ。次の日にはこの子は風船に括り付けられて空を飛んどるわ」

 いやさすがのガープさんでもそこまではしないでしょ……え、しないよね?

「何より……紆余曲折あれど、真っ当に育ってくれた。お前になら、安心して任せられる思った。それじゃ足りんか?」

 …………ずるい。あんたにそう言われちゃ、絶対断れないって分かっててこの人は。
 頭をガシガシと掻きむしる。

「あーもう!分かりました!引き受けます。衣食住ゆりかごから墓場までしっかり保証してやりますよ!」

 そうして俺の優雅な一人暮らしは終わりを告げて、このチビッ子との生活がスタートしたのである。時間の迫るセンゴクさんを送り出し、チビちゃん─もとい、ロシナンテくんを部屋の中に招き入れる。
 なんというか、事情のある子なんだろーなと予想がついた。数多くの孤児を見てきたセンゴクさんがわざわざ俺に預けに来たし、何より玄関で靴を脱げない。俺が指摘すると目を丸くして─まぁ、目なんて見えないんだけど─たどたどしい手つきで脱いだぐらいだ。いいとこの坊ちゃんだったタイプかな。見た感じ8歳とかそれぐらいだと思うけど……。

 ああそれにしても。テーブルの上を見てちょっとため息をついた。すっかり冷たくなったトーストとコーヒー。このままでも美味いけど……あのバターが染み込みすぎてないサクサク感が好きなのに……。
 俺がトーストのしなしな具合に泣きそうになっていると、背後でぐーと腹の音。振り向くとロシナンテくんがカタカタと震えていた。

「ぁ、その。ごめんなさ」

「お前も朝飯まだだったの?それなら早く言えよ〜」

 それなら話は早い。作り直すにはこの子を放置しなきゃだし、でも俺は腹減ったしで悩んでたんだ。2人ともはらぺこあおむしなら簡単だ。飯が先!

「嫌いなもんとかある?ないならちゃちゃっと作るけど。てかもしかして寒い?春とはいえ冷えるもんなー」

 適当なブランケットを引っ張り出してバサッと投げる。あは、デカすぎてお化けみたいになってら。
 立ちっぱなしも申し訳ないので俺の向かい側の席を勧める。大人用の椅子は高く、一生懸命登る姿が可愛らしい。ちょこんと座るも、今度はテーブルが高い。座布団がいるなこりゃ。というかいっその事床に座るか?今度新しい家具を探しに行こう。ロシナンテくん用の諸々も準備しなくちゃだしな。
 そうこうしてる間に簡単な朝食が完成した。ふわとろのチーズオムレツにカリカリベーコン、それから万能野菜のブロッコリー。買い物行けてないから有り合わせでごめんな。

「うわぁ〜」

 どんだけペコペコだったのか。目の前に出した瞬間ロシナンテくんの目が光り出した。見えないけど。
 俺も炙ってサクサク感を少しでも取り戻そうと悪あがきしたトーストを置いて向かいに座る。よしそれじゃあと俺が手を合わせたら、ロシナンテくんがすぐにフォークを取った。なんですと!?オムレツに刺さる前にパシリとその手を掴む。キョトンとするロシナンテくん。まったくもー、どんな教育されてるんだ。

「ちょっと待てって。まずは "いただきます" 、だろ?」