いただきます



「いた、だきます...…?」

「そう、”いただきます”。まさか知らねえってんじゃ...…マジかぁ」

 ポカンと小首をかしげるロシナンテ君にちょっと頭を抱えたくなった。ここから教えるのかぁ。うーんなかなかな重労働の予感。まあ素直な子っぽいし大丈夫かな……。目を開けると、粗相を犯したのかと不安そうなロシナンテ君に気づいた。あ、ごめんな。怖かったな。

「大丈夫、怒ってないよ。ただ、約束してほしいことがあってね。一つ目が、食事の前には”いただきます”っていうこと」

 できるだけ優しい声を出して、ロシナンテ君にも見えるように手を合わせた。そして、己が昔センゴクさんに教えられたことを伝える。食物、生産者、血肉とするまでに関わってきた全てへの感謝なのだと。
 ロシナンテ君はおずおずと手を出しておれの真似をした。そして小さな声でポツリ。

「い、いただきます……」

「ん、やればできるじゃん」

 褒めてやるとパッと明るくなるロシナンテ君。どうぞ、と促せばフォークを手に取りオムレツをひとすくい。美味しそうに頬張ってほっぺたを抑える姿を見たら、どんなに前途多難でもなんだかやっていけそうな気がしてきた。食事が美味けりゃ全てよし、おれの座右の銘!まあ今決めたんだけど。

「あ、言い忘れてたけどおれはシノン。今日は非番だけど海兵でね。一応センゴクさん─君を連れてきた人ね─の部下なんだ」

 自己紹介をしながらおれもトーストを一齧り。うーん、まあ及第点てとこかな! 出来立てが一番うまいのがこの世の真理だが、これはこれでいいだろう。

 ほぼ無言のまま食事を終える。普段から騒がしい食事(主に同期のあいつらのせいだけど)に慣れていた俺からするととても気まずい食卓だった。やっと終わった、と一息。手を合わせる。ごちそうさまでした。

「ごちそう……さまでした?」

「ん、ああ。伝え忘れてたけどありがとうね、言ってくれて。上手上手」

 ロシナンテくんもおれの真似をして食後の挨拶をした。いい子だなぁ。簡単に意味を教えて食器を片付け始めると自分から運んでくれた。褒めてあげたくて、すっと頭に手を伸ばす。
 びくりと、ロシナンテくんの肩が跳ねた。震えて、足元を見ながらシャツをグッと握っている。ああ、まずいな。

「……ごめん。急に動いたら驚いちゃうよな」

 この反応。おれにも覚えがある。目の前で手を目線よりも上に挙げられると身構えてしまうのだ。十中八九この子も虐待を受けてきたのだろう。何度も叩かれて殴られてきたなら仕方がない、でもだからと言ってこの防御反応を放置すると、それはそれで厄介なんだよな。
 腰を落としてロシナンテくんと同じ目線になる。今度は下から、ゆっくりと手を伸ばした。だがゆっくりだろうと関係ない。またロシナンテくんは肩を跳ねさせた。一回手を止めて、様子をうかがう。震えているロシナンテくんがおれに気づいて顔を上げる。炎を溶かしたような橙色の瞳と初めて目が合い、おれは微笑んだ。そして再び手を伸ばし、やっとこの子の頬に触れた。まだ震えは止まらない。それでもゆっくりと手を動かす。頬からこめかみへ、そして耳元、髪を梳かして、また頭へ戻る。ゆっくりと、ゆっくりとなでていると緊張がほどけたのかロシナンテくんの肩の力が抜けた。

「大丈夫。こわくない、怖くないよ。ありがとう、手伝ってくれて嬉しかったんだ」

 少しずつ、ロシナンテくんは顔を摺り寄せるようになった。ああ、うん。なんでセンゴクさんがおれのところに来たのか分かった気がするよ。同じことをしてあげよう。今すぐは無理でも、この子が少しでも安心して過ごせる居場所を作るのだ。

 おれの受けたものを、今度はおれがこの子に与えてあげよう。そっくりそのまま、かつておれがあの人にしてもらったように。