桜色フォンデュ



 ロシナンテくんを引き取ってからしばらく。少しは居心地のいい空間を作れたのか、ロシナンテくんがスゥスゥと眠る姿を見られるようになった。


「あは、面白ぇ寝相。おーい、朝だよロシナンテくん」


 寝ぼけまなこを擦りながらのそりと起き上がるロシナンテくん。今日もいい一日になりそうだ。


・・・・・


 太陽が高く昇り、外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。少しずつ肌寒さが和らぎ、春の訪れを感じさせる穏やかな昼下がり。おれはリビングのソファに横たわりながら、手元の書類をなんとか片付けていた。かなり面倒くさい。正直もう少し先延ばしにしても問題はないと思うのだが、この書類を次に回すのが短気なマグマ男だからなぁ……早くに終えるに越したことはない。
 それでも飽きというものは来るもので。声にならないうなり声をあげつつバサリと書類の束を遠ざける。ロシナンテくんは静かに本を読んでいる。よほどよい教育を受けていたのか彼は識字ができており、年齢の割に結構難しいの選んで読んでいる。


「ねーロシナンテくん、今度大きめの図書館か本屋さん行こうか」

「いいの!?」

「おう、本が好きならいくらでも。おれは好きを伸ばしていく方針なんでね」


 ロシナンテくんは嬉しそうに目を伏せた。そんな姿を見ていると、緊張感を張り詰めていた最初の頃が嘘のようだ。今はもう、この家での生活に馴染んで、穏やかに過ごしている。

 悪くないなぁ、と穏やかな時間が続いていた時、不意に「トントントン!」と窓をノックする音が聞こえた。


「……え?」


 ロシナンテくんが不思議そうに窓の方を見る。おれはというと、そちらを見向きもせずにため息をついた。くそ、今日は晴れてるし階数も高いからカーテンあけてたんだよなぁ。居留守が使えねぇ。ま、そう考えてあいつもベランダから来てるんだろうけど! インターフォンを使わず窓をノックしてくるなんて無作法な奴、知っている限り一人しかいない。……無視したいなぁ。


「ねぇシノン! 居るのわかってるし見えてるから! あけてよ!!」


 いい加減寒くなってきた、と自分の能力も忘れてピーチクパーチクうるさい奴だ。頭をかきながら窓の方まで歩く。窓の向こうには青いコートを羽織った背の高い男が立っていた。相変わらず無駄にサングラスなんかかけやがって。せっかくかっこよくても、震えてるせいで台無しだけどな。


「玄関から来いっていつも言ってるだろ、どうした」

「なんかそっちの方がスリルがあるかなってさ。久しぶりにお前の反応も見たかったし、サプライズだよサプラーイズ」

「なんだ、ただの迷惑男か。じゃあな」

「ごめんごめん鍵なくしたの!! お願い入れてカーテン閉めないで!!」


 ちっと舌打ちを打ちつつ窓を開け、クザンを中に入れた。彼は助かったぁと笑いながらのっそりと部屋に入ってくる。その様子を見ていたロシナンテくんが、不安そうにおれとクザンを交互に見つめていた。ごめんなぁ、こんな不審者を中に入れちまって。マジ教育に悪すぎるだろ。


「ふー、お邪魔するね風呂も貸してね。んで、そこの坊やは誰?」

「この子はロシナンテくん。センゴクさんに頼まれて、おれがしばらく預かることになった」

「へぇー、シノンの"お仲間”か? こんにちは、ロシナンテくん。俺はクザン。シノンの同期で、まぁ、腐れ縁ってやつだな」

「腐ってるんなら捨てねーとだな」


 クザンはしゃがみ込み、ロシナンテくんに優しく声をかけた。そうだそうだ、無駄に図体でかいんだから縮こまりやがれ。
 ロシナンテくんは一瞬戸惑った様子だったが、ゆっくりと頭を下げる。


「よろしくお願いします……」

「うん、いい子じゃないか。シノン、案外ちゃんとやってんじゃねぇか」


 クザンが俺に向かってニヤリと笑いながら言う。は?? 何様誰様クザン様?? どの口が言うか。おれはその言葉に少しだけムッとして、反撃に出る。


「おいおい、おれだってやるときゃやるんだよ」

「へぇー、それにしちゃあ、昔は残業イヤーッ!って逃げ出してたのに、立派になったもんだな」

「だからそれはお前が勝手に仕事押し付けてきたんだろうが!」


 軽口を飛ばし合いながら、クザンはコートを投げておれはそれを受け取る。おれがコートを壁にかける間に奴はソファにどっかりと腰を下ろし、リラックスし始める。そんなやり取りにロシナンテくんはきょとんとしている。まぁ、おれとクザンはこんな風にポンポンと冗談を飛ばし合う仲だ。彼の前ではおれもお行儀よくしてたしちょっと驚きかもしれない。

 おれとクザンは海軍の同期入隊だ。センゴクさんを抜けば多分一番付き合いが長い。年齢こそおれの方が上だけど誤差だ誤差。おれは諸事情で入隊が遅いからなー。やりたいことがあって適正年齢超えたらすぐ入隊したこいつとはそりゃ離れるよな。今のところ階級はおれの方が上だけどな! ほらほら敬いやがれ!


「あーー、シノンの部屋って落ち着くわぁ。おれもここに住みたいなぁ」

「そりゃドーモ。近々模様替え予定なんでその後は来るなよ」

「いややっぱ何か物足りないかな!! 模様替え大賛成!!」

「どっちだよ」