これにて終幕
「坊や、雪が解けたら何になると思いんすか?」
女は、枝の上でくつろいだまま問うてきた。
姿を見られた。殺すしかない。だがおれが気を抜いたせいでもある。最後の会話にくらい付き合ってやろう。
雪が解けたら、か。
「……水になるだけだろ」
「残念! 春になるんでありんすよ」
愉快そうに女はからころと笑った。
くだらん。何が春だ。
だが何故か、その声は耳に残った。
女がゆらりと手を伸ばす。白く、細い指先は傷一つなく、きっと汚れたこともないのだろう。
視界の端で、三つ編みが持ち上がる。女が触れたからだ。
何故か、避けなかった。
「きれいな、御髪でありんすなぁ」
「……きれい、だと?」
女の目にはおれの面が映っていた。己を縛り付けた、忌々しい象徴。
だと言うのに、ずっと映っていたかった。
「ええ、ええ! それはもう! 絹糸そのままの御髪に炎を浮かべた虹彩! これほど美しいもの、あちきは初めて見んした!」
女は興奮冷めやらぬように頬を染める。
「顔に墨も彫っているんでありんすね。男らしいわぁ」
女が、うっとりと瞳を蕩けさせる。
「黒い翼が立派でかっこようござりんす。主さんは烏天狗様の化身でありんすか?」
女が、閃いたように得意げに笑う。
誰もが、この姿を見ればかけられた賞金を、種族としての利用価値を思い浮かべた。
ルナーリア。もうおれ一人しかいない、希少な一族。頑強な肉体。空を飛べる翼。燃え盛る炎。
だがこの女は。
無知ゆえのものだ。分かっている。しかしこうも純粋な眼差しで賞賛を得たのは初めてで。
────欲しい。
手を伸ばせば、霞を掴むかのように女はすり抜けた。枝から降りたのだ。
「もうそろそろ見世の時間になるので帰りんす」
みせ。なんのことか分からないが、そこに行けばあんたはいるのか?
だがおれの元から離れるんだろう。駄目だ。行くな。ここにいろ。
「花の都に来ておくんなんし。わっちはそこにいましんす」
無邪気な笑とは一転。
あまりに妖艶に笑むものだから。
そこでおれの時間は止まってしまった。
心を奪われるとはこういうことか。
気づいた時には女は姿を消していた。
欲しい。欲しい。あの人が欲しい。ほかの誰にも渡せない。渡すものか。
ああそうだ。己は海賊。欲しければ奪えばよい。
でもあの人はきっと夢まぼろしのように消えてしまうのだろう。それならば、閉じ込めてしまえば良い。
逃げ場のない、すきま風すら許さぬ自分だけの空間。
ああ、そのためには地盤を固めないと。
今の自分ではまた逃がしてしまう。
だから。もし準備が整ってまた会えたなら。
あんたは、俺の物だ。
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