まっさらな頸に噛みついた
ぽたり。
あかいしずくが、畳に染み込んだ。
つう、と簪を伝ったのは一滴。それだけだった。
血が滲みはしたが、それまで。1ミリほどしか刺さらずに止められた。
誰になんて。分かりきったことだ。
「駄目だろ。そんなことしたら」
黒い革製の手袋に覆われた手。
もう何年もずっと見慣れた手。
おれなんか簡単に縊り殺せるくらい大きく、力強い手。
なのに、まるでガラス細工を扱うかのように動きは繊細で。その声も、何度も聞いてきたのに聞き覚えがないほど甘く、優しく、蕩けるような。
違う。違う。こんなの知らない。知りたくない。こんな、こんなもの。今までの客とも、クイーンの旦那や黒炭将軍が小紫に出すソレとも違う!!
「やっと見つけたのに。海賊が、二度も宝物を逃すと思ったのか?」
かしゃんと、簪が手からこぼれ落ちた。
片方の手は俺の手を掴み、もうひとつの手は俺自身を包み込んでいる。すり、と指が口元、そして首筋を撫でた。ヒッと息を飲む。叫び声をあげることもできない。少しも動くこともできない。
動けたとして、この手がそれを許すことは無い。身体に力が入れば、さらに締めていただろう。おれが手の外に出ることを拒むように。
悲鳴も出なけりゃ呼び鈴も鳴らせない。
だからここには誰も来ない。
無理やり窓を突き破るような暴れん坊はもういないのだから。
もっとも、誰が助けるというのだろうか。
この男は、この国の支配者「百獣海賊団」。
その頂点に君臨する男の一人なのに。
「まさかこんなに近くにいるとはな。見つからないわけだ。手間をかけさせやがって。」
「お前にも事情があったんだろ、まあいい。水に流してやる。他でもないあんただからだ。それは理解しておけ」
だが二度はない。諦めろ。
悪いが、死んで逃げることも許さねぇ。
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