報われてほしいのは君の嘘


 奇跡的に取れたまともな休みの日。いつもは押しかける悪魔も、先日カイドウのご子息が家出したとかでその対応に追われており、今日は来ないと確信している。グッジョブ坊ちゃん! 思う存分逃げてくれ!

 そんなわけでおれは自室に引きこもり、黙々と部屋の片づけをしている。しばらく寝に帰れてすらいなかったから埃がひどい。うわ、この扇子破れてるわ、捨てよ捨てよ。


「……あ。」


 よどみなく所持品の分別をしていた手が止まる。手に持っているのは雪の結晶と梅の花をあしらった一本の簪。

 これは、人生の分岐点ともいえるあの日つけてた簪だ。着ていた着物は処分して、髪は痛むのも構わずに黒く染めあげた。自慢の肌も小麦色に焼いて、徹底的にかつてのおれと今のおれが結びつかないようにした。口調も書き癖も何もかもを作り変えて。


 ……なのに、これだけは捨てられなかった。他のものは躊躇もせずに捨てられたのに。


・・・・・


 それはずっとずっと昔のこと。この島に海賊なんて来ないで、将軍も黒炭家じゃなかった頃の話。まだおれが陰間として軌道に乗り始めたころの話だ。


「ふー、助かったぜ坊主! いや、嬢ちゃんか?」

「別にどっちでもいいよ。というか勝手に入ってきたのはそっちでしょ」


 なんだか外が騒がしいと思っていたら突如飛び込んできた大男に面食らった。騒動の原因はこの大男らしく、ほとぼりが冷めるまでここにいさせてほしいとのことだった。別に今はお客もいないしいいかと思ったけど、まさかこいつが時の将軍、光月スキヤキの息子の光月おでんだとは。
 面倒ごとに首を突っ込んじゃったかなぁ……。


「さて、礼だが……うーん手持ちがないんだよなぁ……」


 おれが持て余していた客からの菓子折りを食べたおでんはそう呟くとごそごそと懐をまさぐった。礼なんて、正直その菓子を片付けてくれたってだけで十分なんだけどな……。甘ったるくて一つ目でダウンしたから助かった。あ、感想は言わないとだからそれは教えてくれ。
 しばらく懐をまさぐっていたおでんは何かを見つけたのかパッと明るい顔で「いいものがあったぞ!」とおれにソレを握らせた。


「簪……? 贈る意味分かってんの」


 呆れて尋ねれば「知らん!」と返ってきた。知っとけ、そして大事な人のためにとっとけよこのバカ殿が。思い人への告白だぞ。ありがたくもらうけど、ふむ、なかなか上等だなぁ。売ったらいい値が付きそうだ。そうでなくても、もっと羽振りのいい上客がいるんだって煽りにも使えそうだし。
 おれが皮算用をしていると、おでんがそわそわとこちらの様子を伺い、そして尋ねた。

「なぁ、坊主はどうして匿ってくれたんだ? おれが誰か気づいた上で何故騒がなかった? おれが言うのもなんだが、おれを隠しても利はないぞ」

「別に? ただの気まぐれ。……しいて言うならアンタがとてつもなく破天荒な男だから」


 外へ行きたいと、この国を開くと言うから。確かに友人の火葬場でおでん煮て食ったりだの川を曲げただのろくでもない話しか聞かないけど、でもそうでもなけりゃ、開国なんて世迷い言は実現できないだろうし。

 今の殿様じゃダメだ。その気がない。でも、もしもこのバカの時代が来たら、その時はおれみたいな民衆でも外へ出られるかもしれない。


「……おれさ、この国よりもっとずっと広いという“世界”というものを見てみたいんだ。なぁ、聞いたことあるか? 外国ではうさぎが人より大きくて凶暴らしい、あのちぃちゃくてふわふわのうさちゃんがだ! あと、砂でできた海もあるらしい! 信じられるか、辺り一面が砂らしいぜ。あと──」

「ははは! なんだ坊主、お前、同志だったのか。尚更そいつ持っときな。これは礼じゃない、貸しだ。おれがいつの日か開国した暁には! 他国との交流を行う大船団! そこに、坊主の1席を用意してやる!」


 思わず目を瞬かせた。は、何言ってんだ。相手はしがない陰間のガキンチョだぞ? 碌な知識も教養もないってのにそんな約束していいのかよ? 


「……本当か?」

「おうともよ、男に二言はない!」


 ドン!と構えて胸を張り、見得を切るその姿はまごうことなき大将軍。


「じゃあ……分かった。待ってる。これが通行手形な!」


 こぶしを差し出して、ごつんと重ねた。親に捨てられその身は商品。関わる大人はみーんな己の欲のためだけに金を出す。そんなおれだが、初めて、この夢を人に託した。


・・・・・




 …………バカ殿め。何で死んじまったんだよ。

 アンタを信じないこんな国見捨てて、そのままどこか遠くの海で暴れてくれてたらよかったのに。どんな形であれ、生きててくれたらそれでよかったのに。


 死なれたら、“いつか”なんて夢も見られないんだよ、バカ。



 にじむ視界を拭い去り、簪を再び書き物机の上へ置いた。



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