バッドエンドの確定演出


 和風建築の屋敷で息をひそめながら進んでいく。場所が京都とはいっても、現代日本でこんな大きな日本家屋そうそうないよなぁ。ほら、あの欄間の装飾とか何あれ、職人技かな?? いつかまじまじと見てみたいもんだ──おっと隠れなきゃ隠れなきゃ。
 前方から近づく気配を感じ、適当な柱の陰に飛び込む。通り過ぎるのは大柄な男の集団。その中に見知った顔をちらほら覚える。おのれ、あんたらにもらった打撲傷まだ痛むんだよちくしょうめ。ま、あれは隠れそこなった俺のミスだもんな。しゃーなししゃーなし。さて、もう行ったか?

 離れたことを感じ、先を急ぐ。ここに来るまでもそれなりに時間食ったから急がないと呆れられちまう。途中、再び気配を感じて隠れかけて、やめた。歩いてきたのは女中さん。そのまま横を通り過ぎた。どうしてかって? 俺もそうだけど、彼女らは”人”じゃないから。この狭い家の中において、俺たちには人権が与えられていないのだから。


・・・・・


 はいどーもー、瑞希と申します。歳は大体ええと、4歳ぐらい? え、にしては口調が大人びてるって? やだなほめてもなんもでませんて〜。しっかしとてもいいお天気ですねぇ。俺の未来には暗雲立ち込めまくりですけれど。
 お集りの皆さんは転生なるものはご存じですか? 既に知ってるよーという方はチャンネルをそのままに。知らないって方も帰らないでっおれが簡単に説明しますよ……”俺の現状”です♡

 どこにでもいる一般人やってたら、何の因果か呪術廻戦の世界に迷い込んでしまいましたとさ! 地獄が地獄を呼んで煮詰めたような作品ですね。しかも現在地は「禪院家」!ひゅう〜〜〜!!!


 いやいやガチャ運最悪過ぎない? 俺前世で何かやりました?? ジョン・ウィック並みに動物愛護の精神で生きてきたんですよ、優しい男ですよ。ほかにダメなところあったら治しますから! お願い神様転生先チェンジで!!


「ま、そんな風に祈ったところで無意味なのはわかり切ってるんすけどねぇ」

「急に何言ってんだお前」

「俺の人生を憐れみまくる脳内プロローグの締め」


 「とうとうイかれたか」という目で俺を見下ろすのは禪院甚爾君~お子様の姿~。そう、呪術廻戦読者もしくは視聴者ならお気づきだろう。俺はどうやら原作主人公たちよりそこそこ上の世代に生まれたらしい。……原作終了してハッピーエンド(仮)確約されてから生まれたかったなぁ。
 今世の俺の名前は朝霧瑞希。そう、禪院じゃない。遠縁の遠縁くらいにはつながりあるかもしれないけど、現代において朝霧家と禪院家は血のつながりはない完全な赤の他人だ。そんな俺がどうしてここにいるのか。表向きには土砂崩れ、呪術界的には呪霊大暴走によってお家が崩壊したからデース。物心ついた時にはもう俺の家族はみんな川の向こう側だったよ。マジ泣きたい。そして、俺の曽祖父だかその上だかにチビの頃たいそう世話になったという直毘人ご当主様のご意向で俺はこの家に引き取られましたとさ。

 正直言っていいか? 中途半端に引き取るくらいなら施設に入れてほしかった。犬猫じゃねーんだぞ面倒見ろや。この家の家訓をご当主、あんたご存じで? 「禪院に非ずんば(省略)」。 そこに禪院でもなければ呪術師にすらなっていないガキンチョを放り込んだらどうなる? とりあえず人間扱いはされない。基本的に空気みたいに無視される。顔を見せるな口もきくな、よそ者、居候、下賤、野良犬、雑種、役立たず。あと何言われたっけな……ちなみに部屋は与えられたけど北向きの薄暗い部屋で窓が一つと布団以外は何もない。他にも余ってるのにね。食う寝るところに住むところとはいうが、あそこは息が詰まる。俺以外の物音がしない空間はまるで世界に取り残されたようで、透明人間になってしまったようで恐ろしい。気が狂ってしまう。だから人目を忍んで出歩くわけだけど、会う人次第ではサンドバックだから世知辛いね。
 今だって、先日やられたあばらが痛んで呼吸もつらい。この家に来て一番鍛えられたのはかくれんぼスキルとか笑える。もし前の世界に戻れたら俺はケンちゃん相手に無双できるね。懐かしいな、我らがガキ大将。今思い返すとかわいく見えるから不思議だよね。


「はぁーあ、づッッ」

「深く吸うと痛めるぞ。浅く呼吸しろ」

「……今のは違うし。甚爾君の声があんまりいいもんだから悶えただけだし」

「はッ相変わらず何言ってんだ、第一お前──」


 ちなみに俺は前世では声フェチだった。だから甚爾君がいずれ素晴らしきバリトンボイスCV;DIO様を手に入れることは知っている。呪術廻戦だってアニメから入って追いかけ始めたし。ただ、二期の声優決まったところまでの展開しか正確に知らないんだよな……。メイン履修は別の作品だったからアニメ一期のところしかよく分からない。某青い鳥のバズツイや親友のケンちゃん情報で何となくは知ってるけど……転生するってわかってたら、ケンちゃんの推し語りをちゃんと聞いとくんだったな。禪院姉妹推しのケンちゃん。ドンピシャじゃん。それはさておき、そんな俺への素敵なプレゼントが──


「──天与呪縛で聴覚ぜーんぶ奪われてるくせに」

「……でも甚爾君の声が素敵だってことは自信持って言えるよ」

「ふん、バカだろ。猿相手に」


 天与呪縛。聴力すべてと引き換えの常人の三倍以上の呪力量。それが俺に与えられたギフテッド。ほんといらんことしかしねえわカミサマ。おかげで呪力コントロールを身に着けるまで無音の世界生きてたんだぞ。俺に前世知識なかったら音の概念すら無いから尚更詰んでたわ。

 呪力をあえて漏らして広域に薄く張り巡らせ、そこから空気の振動を感知して周囲の音を認識するこれによって俺は疑似的に音を手に入れている。イメージ元はハンターハンターの”円”とセンリツだ。あー、オタクでよかった。
 ただそれでも本物の音とは微妙に違う。感知した独自の「音」の波形を前世の記憶から当てはめてパターン化してるというか……要はなんやかんやして独断と偏見で作った理想の音や声に脳内変換してるだけなのだ。俺は「不思議聞き取り法」と名付けたけど甚爾君に鼻で笑われて以降この名称は使ってない。ネーミングセンスは前世から死んでる。

 そんなわけで、目の前にいる甚爾君が7.8歳くらいでも大人DIO様ボイスで再生してる。まあ他の声優に置き換えないのはあの人の声が好きすぎるってだけなんだけども。声優発表に歓喜してたのにな。まさかPVだけで本編で聞けずじまいとは。トホホ。


「おい、いい加減出てけよ。ご客人サマは探されてるんじゃないか?」

「うっわいけずぅぅ。俺のこと探す人なんてストレス発散したいクズだけなのに。甚爾君こそ従兄弟さん達に呼ばれるかもよ?」

「は、また呪霊小屋にでも放り込もうってか。……まあ、今日はみんなそれどころじゃねーだろ」

「知ってる」


 てか、話振ったのは甚爾君じゃん。みんな野良犬と猿に構う暇ないって分かりきってるのに。


──そう。今日は大事な日。家をあげて臨む特別な日。誰も、呪力ゼロの落伍者や身分がゴミ屑以下の雑種に構っている暇がない。

 ご当主様の何番目か分からない赤ん坊。産気づいてしばらくたつがその子は持っている・・・・・のだろうか。そもそも男児人間として産まれてくるのだろうか。医学が発展した今でも、旧い掟によってエコー検査をしない禪院家では何も分からない。

 目を閉じて甚爾君の膝に寝転がる。文句を言う声は聞こえないフリをした。しばらく揺すられたけど、そのうち諦められた。まあ、俺が今あばら骨やられてるの甚爾君にはバレちゃってるしね。無理に動かさないでくれる彼は本当はとても優しい。透明人間の俺を見てくれるのはあんただけだから、ずっとここにいたいよ。どうせ禪院お前らにとって甚爾君も俺も大差ないんだから俺もこっちに移してくれていいのに。あーあ。





────その福音は、未だ聴こえない。