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「…Qs班の新しい対象は"ナッツクラッカー"…レートは判別中。」
「ナッツクラッカー?…」
「なんだ?お菓子か?」
「えーっと、これは…"くるみ割り器"って意味で……つ、つまり奴は………」
Qs班に与えられた新たなミッション。その資料へと目を通していたハイセさんが急に言葉を詰めらせ、何やら怪訝そうな顔を浮かべている。
「へ?…どういう意味なんです?」
「…ナッツクラッカー。奴は…男性の睾丸を粉砕するのが趣味らしい。」
「えっ、こ、…がんッ!?」
「ウゲッ…」
「い、痛そうですね…」
女の私が想像しただけでも、背筋が凍るほどの衝撃だった。男性の最も弱い部分を、粉砕…と言うのは、3人からすればきっとはるかに恐ろしいことなのだろう…。
それからしばらく歩いていると、ふとハイセさんが今日はお茶して帰らないかと言ってきた。
「サッサン、それオゴリ?」
「うん、オゴリ。」
「やったー!私、コーヒー大好きです!」
「ふふ、僕も、美味しいコーヒー屋めぐりが、二等の頃からの趣味なんだー…はあ、今日はどんな出会いが…」
「良いですね…!ふふ、楽しみだなー。」
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るんるん、と軽い足取りで、普段通る道から少し外れた路地裏に入ると、そこにカフェ" :re "を見つけた。
お洒落な外観に惹かれ、店内に入るとその雰囲気にハイセさんのテンションは上がったようで、自慢げに人差し指をピンと立てた。
「むッ…!この香り…この店は絶対美味しいコーヒーを出してくれる…!僕の"鼻赫子"がそう囁いているよ!」
「スゲーな、Rc細胞」
「(鼻赫子…?)」
「…はははー…というか、店員さんとかいないんでしょうか?」
「ん?…あ、そこに渋いお兄さんが…」
「…無視されてね?」
「それはホラ、一見さんお断り的な…」
「えっ、それじゃあ私達コーヒーいただけないんじゃ…!」
店の入り口でそんなことを話していると、カウンターに立つお兄さんの後ろから何やら小さな怒号と、忙しない足音が聞こえた。
『…ちょっと兄さん!お客さん来たら挨拶してって……何度も…』
カウンターの影から、まるでお人形さんのような、とても綺麗な女性が現れた。
(わっ!…き、綺麗な人…)
『…いらっしゃいませ、どうぞ。』
「…あっ、ハイ……コ、コーヒーを4つ…」
「…?」
(…ハイセさん?)
先ほどまであんなにはしゃいでいた彼が、何故だか急に大人しくなりその変化に私は少し違和感を感じていた。
案内された席に座ると、早速私達の話題にあの店員さんのことが持ち上がった。
「…すごい可愛い店員さん。」
「ね…!びっくりしちゃった。お人形さんみたいで、すごく可愛い…」
「な〜」
「あれ?シラズくんはアキラさん派じゃなかったの?」
「アキラさんはCCGの聖母的なあれだから」
「何それっ!?ははっ!ね、ハイセさ…」
いつものように話を振っても
「………。」
私達の言葉は彼には届いていないようで。
(…あの店員さんに会ってから)
あの時。店員さんが現れた、あの時からだ。ハイセさんの様子がおかしいのは。席に座ってからも一言も喋らず、虚ろな目をして、ただ一点だけを見つめて。
(…あんなにはしゃいでたくせに)
数分前の彼が、少しだけ恋しくなる。
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しばらくすると、頼んでいたコーヒーをあの店員さんがテーブルへと運んできてくれた。
「わ…美味しい。」
「いいかおり…」
「ホンットにアタリだな!サッサンの鼻赫子もダテじゃねーな!?なっ、サッサン!」
「…うん、…美味し………あれ…?」
ずっとぼんやりとしていたハイセさんが、コーヒーを口へと運んだ瞬間…急にポロポロと涙をこぼし始めた。その様子の変化に、私達は一斉に目を見開き驚きを隠せなかった。
「サッサン大袈裟すぎッ!新手の面白か?」
「いやあ、おかしいな…なんだろコレ…」
本人ですらその行動に頭が追いついていないようで、止まらない涙を隠すように、ただただ苦笑いをしていた。
(なんだろ…)
胸がざわつく。
そんなハイセさんの前に、スッと薄いピンク色のハンカチが差し出される。
…あの店員さんからだった。
「…あっ、ずみません……美味しいです…本当に…」
泣きながらも律儀に感想を述べるハイセさんに、彼女は困ったように…少し哀しそうに、ありがとうございます、と言い、優しく微笑んだ。
(なんか…!)
彼が泣く度に、彼女が笑う度に、私の胸のざわめきは、苦しさへと変わっていった。
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店を出てからも、胸のつっかかりは収まらず、次第にそれは不快感へと変わっていった。
いらいら?もやもや?むしゃくしゃ?…どう表現していいか分からないこの感情は、あれからずっと…またどこかぼんやりとしているハイセさんを見る度に、私の中を黒く黒く塗りつぶして行く。
「………。」
(…何…?)
芽生えたこの気持ちは。濁流に飲み込まれていくように、どんどんどんどん底へと埋もれて行く。前を歩く彼が目に入る度、あの店員さんの顔が浮かんで、泣いている彼が浮かんで、あのコーヒーの味も今では不安材料でしかなく、もはや、この感情は私にとって何とも言い難い、鬱陶しい以外の、何ものでもなくって…!
(…何なのッ…!)
「あのっ…!」
シャトーへ帰る道の途中。気付いた時には私の口から、そんな言葉が出ていた。
何やら切羽詰まった様子の私を見るなり、前を歩いていた3人が足を止めた。
「…?どうしたの?なまえちゃん。」
「…わ、…私、ちょっと寄りたいところがあるので、先に帰っててもらえませんか?」
「えっ…?…うん、分かった。…夕飯までには帰る?」
「………分からないです。」
「わ、分かんないって…どこに行くの?」
「……言えないです、…すみませんッ!」
「…あっ、ちょっ!、なまえちゃん…!?」
最後の一言を言い終えると、私は皆とは逆の方向へと全力で走った。
本当は寄りたいところなんてない、夕飯までに帰るかどうかなんて、用事すらないのに分かるはずがない。ただもう、あのハイセさんを見ているのが、限界だっただけだ。
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千年続く、幸福を。