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壁にかかった時計に目を移すと、時刻は丁度、深夜1時をまわったところだった。

「…いけない、もうこんな時間だ。」

ハイセさんがそれに気付いてしまい、私を自分の部屋へと戻るよう促した。

「…寝るの嫌です。」

「ちゃんと寝ないとダメ。」

「…嫌な夢を見るんです。」

「え、…なまえちゃんも?」

「へ?…ってことはハイセさんも?」

「うん。…たまにね。怖い夢を見るよ。」

「…私も最近よく。あんまり寝れてなくて。」

「うーん…コーヒーは逆効果だったかもね。」

「はい…。」

今まであんなに楽しそうに話してたのに、その話題にした途端、ハイセさんはどうしようか…と頭を抱えてしまった。

「あの、ハイセさん…!」

「?」

この沈黙を破ったのは、私だった。

「そ、その…寝る前に、ちょっとだけ…
 …ぎゅってしてもらえません、か…?」

「ッ!?」

自分でも、何を言っているんだろうと思った。

「や!ややや!べっ、別に深い意味はなくって…!えっと、なんか…そうしてもらえると落ち着いて眠れるような気がして…」

「……僕も一応、男なんだけど。」

「ッ!!…ででですよね!すみませんッ!…なんか私、急に変なこと言って…!」

自分の言ってることの意味を理解した私は、急に襲ってくる恥ずかしさに思わず、話す声も上ずってしまっていた。

(うぅ…っ!!わ、忘れてほしい…!!)

「………なまえちゃんは、嫌じゃないの?」

「へ?」

「…その、…僕に抱き締められること。」

「!!…や、いやじゃないです。」

彼からの思わぬ言葉に驚いているのも束の間、私の返事を聞くと彼はズイッと、私の方へと体を向けた。

「…それじゃあ…。」

「………。」

…心臓が壊れそうなくらい、うるさかった。緊張のあまり、どういう顔をしたら良いのか分からず、私は無意識に下を向いてしまった。

…ぎゅっ

目を伏せていても、その感触は分かってしまった。…ハイセさんの腕の中に、自分がいる。体温や、香り…シャンプーも、同じものを使っているのに、どうして彼の香りはこうも甘いんだろうか。

「………はい。落ち着いた?」

そっと体が離れ、私は少しの名残惜しさを感じていた。

(もう終わり…か。)

そう思うことは、欲張りなのだろうか?

「あ、ありがとうございます、…なんかちょっと落ち着きました。」

「そっか…良かった。カップ、僕が片付けておくから、なまえちゃんはもう休んで。…明日も早いからね。」

「…はい。おやすみなさい。」

「うん、おやすみ。…」


…パタンッ

ハイセさんの部屋を出てから、自室に戻るしばらくの間。私の意識は、完全にどこかへ飛んでいた。

しかし、自室に戻った瞬間、数分前の自分の発言は鮮明に思い出され…恥ずかしさで頭の中がいっぱいになってしまった。

(…わ、私ってば…なんてことを…!)

…ハイセさんから感じた、あたたかさ、腕の力、ふわふわの髪の毛から漂う、シャンプーの良い香り…全てが、今でも鮮明に思い出せる。

(これじゃますます眠れないッ…!!)

夜明けはまだ、先になりそうだった…。

−−−−−−−−−−−−−−−−−

次の日、私はCCG本局にて。

今日は新しい資料をもらいに行くから、と、ハイセさんと朝早くから出たのだが…
そんなハイセさんは急遽、下口上等のお見舞いに行く、とアキラさんと一緒に出掛けて行ってしまった。

私は、特にやることもなく。
資料は昨晩まとめきってしまったので、今は完全に待ちの時間だった。

(…本でも読んでようかな。)

本局のホール。沢山の捜査員が行き来するこの場所で、ただ座っているのも気まずくなってきた頃…私は最近読み始めた小説を鞄から取り出した。

(…ハイセさんにも今度、おすすめ聞いておこうっと。)

挟んでいたしおりを抜き、本の続きを読み始めようとした、そんな時だった。

「…こんにちは、みょうじ三等。」

「?」

ソファに座っている私の頭上から、なにやら聞き慣れない声がしたのだ。

「…こ、こんにちは。」

「あ、読書中にごめんね。…初めまして、佐野班の佐野と申します。」

顔をあげた私の目の前には、スラッっとした長身に、黒髪。端整な顔立ちに、白鳩のコートがよく似合う…そんな男性が立っていた。

「は、初めまして…みょうじ なまえ、三等です。」

" 佐野班 "と聞いて、私は真っ先にアキラさんから聞いたことを思い出した。
佐野班…" 佐野 俊 "が率いる、最近、飛び抜けて勢いのある捜査チームだ。リーダーである佐野の、的確な捜査により、着々と功績を積み上げている…所謂、実力派チームだ。

「ふふ、…知ってる。Qs班のこと、噂でよく聞いてるよ。」

「う、噂ですか…?」

「あ、いや、そんな悪いことじゃないよ。…俺は君達に期待してるから。」

「…っ!ありがとうございます!」

私が立ち上がり、深くお辞儀をするとその様子を見て、佐野上等は急に笑い始めた。

「ははっ!その反応、新人らしくて可愛いね。…まあ、実はこんな話は口実でね。僕はただ君と話がしてみたかっただけなんだ。」

「へっ…?」

「いや、最近頑張ってる子がいるなあー…って少し前から見てたんだよ。」

「や、私はそんな…。」

「ううん。よく頑張ってると思うよ。…あ、でも" 班で、自分は役に立てているのか "…なんて不安を…感じたりすることはない?」

「………少し。」

「…はは、俺も何となく言ってみただけなんだけど、まさか図星とはね…佐々木くんには?そういうことは話したりしてるの?」

「いや、今、少しばたばたしていて…また新しい案件が始まるとこなので。」

「そうか…じゃあさ、もし良かったら今度、うちがやってる調査のコツとか聞いてみない?」

「えッ!…いや、そんな。悪いです…。」

「…いやいや、俺は君の為を思って言ってるんだよ?」

「………。」

「自分の班の皆には話していることだし、別に君だけって訳じゃないよ。だから、そんな気を張らなくて大丈夫。」

「そうなんですか…?」

「…うん。どうかな?」

私は少し考えてしまった。

…佐野上等に指摘された通り、私は捜査もまだろくに出来ず、特にこれといって誰の役にも立てていない。

いつもハイセさんの後を追いかけて、彼についていくだけで……自分から何か出来る、そんな力も方法も知らなかったのだ。

そんな時にこのお話…もしかしてこれは何かチャンスなのかもしれない、と思った。

「…良かったら今度、お話聞かせてもらえませんか?」

「っ!…分かった。じゃあ今日のお昼、一緒にご飯でもどう?」

「え?あ…。」

『…なまえちゃん。』

佐野上等の奥、ホールの入り口からハイセさんの姿が見えた。どうやらたった今、下口上等のお見舞いから帰ってきたみたいだ。

「ハイセさん!おかえりなさいっ!…もう、やることなくて、待ちくたびれちゃいました。」

「ははっ、ごめんごめん。…お疲れ様です、佐野上等。」

「…ああ、佐々木くん。お疲れ。」

ハイセさんがそう挨拶をすると、佐野上等は座っていたソファからスッと立ち上がった。

「さて、そろそろ俺も捜査に戻らないとね。
 …なまえちゃん、また今度。」

「…!、はい、お疲れ様です!」

「………。」

そのまま佐野上等は廊下へと向かい、業務があるから、と私達の元から去って行った。

私も早速、Qs班の新しい資料を取りに行くのかと思い、ソファから立ち上がると、何やらハイセさんが難しそうな顔をしていた。

「…ハイセ、さん?」

「…佐野上等と何話してたの?」

「え?…捜査のこととか?です。」

「とかって?」

「…最近頑張ってるね、とか、Qs班には期待してるから、とか…。」

「…そっか。じゃあ行こうか。」

「?…はい。」

何だかハイセさんの様子がいつもと違っていたような気もしたけど…その原因に検討もつかなかった私は、そのまま彼の後をついていくしかなかった。

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千年続く、幸福を。