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退院後、久しぶりに寝転ぶ自分のベッド。本来ならば嬉しいはずの就寝前も、今日からしばらくの間はうまく寝付けそうにない。私は…今とてもソワソワしている。そんな気持ちを落ち着かせようと、途中まで読んでいた本を手に取ってはみるが…シンと静まり返る部屋に響く、心臓の音が何ともうるさい。

ああもう、落ち着かない。そうさせる原因が"彼"であることは明白なのだけれども。

―――ガチャッ…

「なまえちゃんおまたせー…あ、読書中かな?」

「っ!!え、はいっ、ちょ、ちょっと読んでから寝ようかなー…なんて…!」

「そ、そっか…僕も途中までのやつ読もうかな…?」

…ソワソワの原因。彼がお風呂からあがり、床に着くために私の部屋へと入ってきた。平常心を保とうとするあまり、思わず声が上ずってしまう。これじゃあ何だか私が変なことを考えているみたいじゃないか。

「………。」

…横目で見た彼の、少し湿った髪が何だか新鮮で…それがまた私の心臓を早めてしまう。この部屋の中では、そんな些細なことですら外に洩れてしまいそうだ。そんな沈黙を破るため、何か話さければ…と思ってはみるものの…こういう時に限って良い言葉が何も浮かばなかったりする。

「…なまえちゃんは今なに読んでるの?」

「へっ!あっ!えっ、これ、クリスマスのお話なんですけど…」

そんな中この沈黙を破ってくれたのは、有り難いことにハイセさんからだった。

「…あれ?それってもしかして最近映画化したやつかな?」

「っ!そうです!なんか面白そうだなーと思って…」

「僕も読みたいなぁと思ってたんだ!…面白い?」

「はいっ!えーっと…あらすじは…、……ッ!!」

ベッドのスプリングがギシッと軋み、本を持つ私の体に微かに左に沈む。自分のものとは違うシャンプーのにおいが鼻をかすめる。本を覗き込む為なのか、ハイセさんが私の横へと腰掛けてきたのだ。

(ちかいちかいちかいちかい…)

これもまた彼の悪い癖だ。私の気持ちも考えないで、サラッとこういうことをしてしまう。そもそも密室で異性と2人きり、腰掛けてるだけとは言え、いま私達はベッドの上だ。こんな状況に、彼は何とも思わないのだろうか?

(…私はそういう対象じゃないってことかな)

そう考えると、少しだけ悲しくなった。悲しいというより、空しいというのだろうか。数分前の自分がなんだか馬鹿みたいに思えた。勝手に変なことを考え、どこかで"期待"をしていた。…そもそもこれはアキラさんの命令で、彼はそれを器用にこなしているだけなのに。

「…そろそろ寝ようかな。明日も早いですし…」

「あっ、うん!ごめんね、付き合わせちゃって…」

「いえ…!これもうすぐ読み終わるので、その後で良かったらハイセさんも読みますか?」

「ッホント!?ありがとう…!良かったらなまえちゃんの感想も聞かせてね」

「はいっ!…では、おやすみなさい」

"おやすみ"というハイセさんの返答を合図に、部屋の灯りが落ちる。ベッドへと潜り込んだ私の顔は自然と壁側を向いていた。

一体…何をむつけているんだろう。ほんの少しだけでも彼に自分のことを意識してもらっていると、何とも都合のいい勘違いをしていたのだろうか。そもそも彼の優しさや私を心配してくれる気持ちは、上司としてとか、母性とか…そういう類のものなんだ。

…私はそうやって自分を納得させようとした。傷つかないために。

「……まだ起きてる?」

「…ッ、……はい」

暗闇の中、突然ハイセさんの声が響く。思わず私の体は強張った。

「…明日、本局でオークションの件…報告あるから」

「はい…それなら」

「…僕も同席するし、緊張しなくて大丈夫だからね」

「はは、…ありがとうございます」

「そ…、それと…」

「…?」

ハイセさんの話す言葉が、ほんの少しだけ途絶える。お互いの表情も読み取れない暗闇の中、私が彼の気持ちを読み取ることが出来る唯一の手段は、与えられた言葉とその声だけだった。

「…なまえちゃん、あ、明日の夕方時間空いてる?」

「へっ…?…特に予定はないですけど…」

「良かったら…買い物、付き合ってもらえないかな?」

「…買い物ですか?」

「うん…クリスマスのプレゼント。内緒で皆に渡して驚かせたいんだ。でも1人だと相当迷っちゃいそうだなと思って…はは」

彼は今、いつものように遠慮がちに微笑んでいるんだろうな…と、こんな暗闇の中でも彼のことが分かってしまうことに、私は少しだけ可笑しくて笑ってしまった。

「ふふ、…いいですよ。私で良ければ!」

「!!ありがとう!!…あっ、そ、それでなんだけど」

「っ?」

「買い物が早めに終わったら…少し歩いてから帰らない?」

「へ…?」

「…イルミネーション、一緒に見に行かないかなって」

「イルミネーション…?」

「なまえちゃん、車の中で行きたそうにしてたからさ」

「…!」

彼のその一言に、私はハッとする。今日、病院からシャトーへと向かう車の中。夢中で眺めていたあの景色を、目を輝かせながら見ていた私を、彼は気に留めていてくれていたのだと。

「僕も行った事ないんだけど…気晴らしにでも。どうかな?」

「…嬉しいです…楽しみにしてます…!」

「良かった…!ありがとう、じゃあまた明日ね…」

「はい!…おやすみなさい」

顔が緩んでいるのが、自分でも分かる。声に出して喜びたいくらいだが、今はそれが出来ないのがこそばゆい。

私は、とても嬉しかった。彼が私のことを見てくれているような気がしたから。そして、自分が彼の行動、言葉のひとつひとつに振り回される度、嫌になるくらい自覚させられる。ああ、やっぱり私はハイセさんのことが好きなんだと。

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千年続く、幸福を。