30
―――翌日、本局にて。
オークション戦の報告をする為、私とハイセさんは共に指揮を執っていた和修准特等の元を訪れていた。
「…佐野上等はCCGの隊員を喰種側へと売買し、対価として"情報"を受け取っていたと思われます。…彼はその後行方不明となっており、今後何らかの形で別の事件に関わってくる可能性もあります」
「なるほど」
「…私が倒したとされる交渉相手の喰種は、以前ナッツがいたクラブで目撃してます。また別の経緯で人身売買が起きる可能性も…」
「…倒したと"される"……か」
「…はい」
「記憶喪失とは随分都合の良いものだな、みょうじ三等」
「…ッ!」
「クインクス…半喰種を前に佐野も…自ら行方をくらましたのか…それとも行方不明に"なった"のか」
「…どういう意味でしょうか…」
「…自分の腹の中にでも聞いてみたらどうだ?」
「…ッッ!?」
「…和修准特等。…お言葉ですが現場で"捕食"の形跡は見られませんでした。…軽率な発言はお控えください」
「…まあいい。あとは書面で確認する。下がれ」
和修准特等の声を合図に私達は一礼し、会議室を後にした。報告が終わり、緊張も解けようとする中。それでも私の心臓はバクバクと大きく波打っていた。
(あの発言は…)
私が佐野上等を捕食したのではないか…という疑いからなのだろう。しかし、私にはそれが真実かどうか確かめる術もない。オークション戦の時の記憶は、放送でハイセさんの悲鳴を聞いた時までで止まってしまっているからだ。…それでも、和修准特等の発言はきついものがあった。私が人を喰べるだなんて…考えただけでもゾワッとする。しかしこれが、私達Qsに課せられた"扱い"なんだと、せめて理解だけはしようと思った。
「…なまえちゃん大丈夫?」
「っ!は、はい…ちょっとびっくりしましたけど、何とか」
「和修准特等はQsに懐疑的なお方だから…気にすることないよ」
「ありがとうございます…」
ふと、私は昔のことを思い出していた。Qs班に配属され間もない頃、トルソーを追っていた瓜江くんとシラズくんを探して、下口上等の元へと頭を下げに行った時のこと。そしてハイセさんが…下口上等から罵倒にも近い言葉を浴びせられた時のこと。
「ハイセさんも…こういう気持ちだったんですね」
「ん?」
「いえ…前に…下口上等に言われた時のこと、思い出しちゃいました」
「ああ……」
ハイセさんの顔が一瞬曇る。嫌なことを思い出させてしまったと、私は無意識に彼から顔を背けてしまった。
「…でも僕はあの時、なまえちゃんに助けられたから」
「えっ!…私なんにもしていませんッ…」
「ううん。…とても心強かった。んーなんだろな…僕はあれから、誰に何を言われてもあんまり気にしなくなったかな?…なまえちゃんのおかげかな」
「ッ!そ、それなら私も…!…ハイセさんがそばにいてくれると、その…とても心強いんです…もっと頑張ろうって思いますし、もっと強くなって力にもなりたくて…!そ、それにいつもそばにいてくれて、すっごくすっごく感謝しています!!」
気が付けば私は、口から出るままに自分の気持ちをハイセさんへとぶつけていた。ハッと我に還り、恐る恐る顔を上げると…目の前にいる彼は固まってしまったように目を丸くさせていた。
「あっ、えっと…すみません…!」
「ッ…」
弁解の最中、彼に合わせていた視線が何故かスッとそらされる。え?と不思議に思った次の瞬間、彼の頬が見る見るうちに赤く染まってゆくのを見た。目を丸くする私の真正面で、彼は表情を悟られないよう口元を手で覆い隠す。…照れている…?
「あっ、す、すみません何か変なこと言っちゃって…!そろそろ買い物行きましょうかっ!」
「うっ、うん…!ぼっ、僕、車持ってくるね!なまえちゃんはいつものとこで待ってて!」
「はいっ!!」
顔を真っ赤にしたまま、彼はパタパタと廊下を駆けていく。…驚いた。まさか今、ハイセさんのあんな表情を見るなんて思ってもみなかった。どき、どき、と心臓は高鳴っている。気持ちを抑えるため、私は深呼吸をした。そしてふと、先ほどまで胸に突っかかっていたものが、嘘みたいに消えていることに気付いた。…ハイセさんのおかげだ。私は、もう見えない背中を想いながら、いつもの場所で彼が来るのを待っていた。
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「―――才子ちゃんの欲しがってたゲーム、似たような名前ばっかりで迷っちゃいましたね…」
「なまえちゃんがパッケージ覚えててくれて本当良かったよ…」
両手に紙袋を抱え、私達は少し疲れた様子で道を歩く。とりあえず、皆へのプレゼントは無事調達できた。お店の外に出ると、辺りはもうすっかり暗くなり、家路につく人達であふれていた。駅へと急ぐ人、手に手をとる老夫婦、寄り道をしている学生、楽しそうにはしゃく親子、手を繋ぎあうカップル…
(カップル…)
私達もそんな風に見えているのかな?…なんて妄想、考えたりもするが、白鳩のコートじゃ色気もなにもない。それでもなんだかハイセさんは浮き足立っていて、どこか嬉しそうだ。
「ハイセさん、なんだか楽しそうですね」
「えっ…?…うん、楽しいよ。…だって」
「?」
「いや、なんでもない…!……って、あっ、まずい時間がッ…!ごめんなまえちゃんちょっと走るよ!」
「へっ!?わっ、ぁッ!!…」
両手に持っていた紙袋を持ち替え、突然ハイセさんが私の手を握り、歩道を走り出した。
(なっ、なに!?なに!?)
訳が分からないまま、人波をかきわけながら進んでいく。彼の少し冷たい手が、次第に汗ばんでいくのが分かった。こうして手を握るのは初めてじゃないけれど、背丈の割にごつごつとした彼の手にいつもドキドキしてしまう。
「…はぁ…はぁっ…間に合ったかな…!?」
「っ、急に…っはぁ…どうしたんですかっ…!?」
「ごっ、ごめん…どうしてもこれを見せたくって…」
「えっ…?」
街路樹の一番端。ほんの少しの街頭が頼り無さげに灯る暗闇の中で、彼は一体私に何を見せたいというのだろうか?
「あと少し…正面見てて…」
「……?」
彼に言われた通り、真正面に連なる街路樹をひたすら見つめる。しばらくして、私達のほかにも人が集まっていることに気付いた。
(もしかして……)
「…くるよ」
ハイセさんが小さく呟いた、その瞬間。
――――ワァッ………
「…!!」
暗闇の中で立ち並んでいた街路樹に、一斉に光が灯る。暖かいオレンジ色の電灯たちが、風に揺れ、キラキラと波を起こす。ハイセさんが私に見せたかったのは…この道がライトアップされる、まさにその瞬間だった。
「…これ、どうしてもなまえちゃんに見せたかったんだ。ここだと点灯する時間も遅いみたいで…はあ、でも良かったー…間に合って」
ハイセさんの言葉が、淡々と私の頭に響く。奥の奥まで広がる光景に、目が離せなかった。
「…なまえちゃん、オークション戦以来思い悩んでるんじゃないかって、思ったから」
「…ッ…」
「…綺麗だね」
白い息を吐きながら、ハイセさんが言う。そんな彼の奥にはネオンが映り、とても温かな光を宿していた。それは…何だかとても切なくて、儚げだった。私の視線に気付いたのか、彼が微笑む。その瞬間、私は自分から溢れ出すものを止められなくなった。
「…ふぅっ………うぅー…」
「!?!?…え!?えっ!?なまえちゃん!?えっ…なんで泣いてるの…?こういうの実は嫌いだった…?」
「…や、もう、…ずるいですよ、ハイセさん…これじゃぁ…」
(…自惚れちゃうじゃないですか)
「っ?…ご、ごめん…あぁ〜なまえちゃ〜〜ん…泣かないでー…」
「…ぐすっ……すごく嬉しいです…ありがとうございますっ…」
「……うん…」
ポロポロと大粒の涙を流しながら鼻をすする私を、ハイセさんが困ったように覗き込んできた。目を合わせた彼はまた、優しく微笑んでいた。そして私をあやすように、頭を撫でてくれる。ああ、とても落ち着く…そのまま私達は誘い込まれるように、並木道へと歩き出した。繋がれた右手は、優しく、力強く私を導いてくれた。
「…なまえちゃんと見れて良かった」
「私も……」
「来年も……一緒に来たいな」
「…っ……」
それは…一体どういう意味なんだろう。仲の良い上司として?…指導者として?…なんて都合の良い解釈をして、いつも勝手にハイセさんの気持ちを決め付けていたのは誰だ?…私だ。全うな理由を付けて、諦めたふりをして、自分の気持ちを伝えなくていいよう、言い訳を作っていた。嫌われるのが…怖くて。
「私は…」
並木道も中盤に差し掛かった頃。繋いでた右手を、私はスッと離した。そんな私の異変に気付いたのか、横にいたハイセさんの足がゆっくりと止まる。
「…なまえちゃん?」
「…私、お花見に行きたいです」
「えっ?」
「…夏は花火大会。わたあめとか、りんご飴とか、食べたことないので食べてみたいです」
「り、りんごあ…?」
「あ、あと海にも出掛けて、秋はハイセさんの運転で紅葉を見に行きます。前にテレビで見た遊園地ってやつにも行ってみたいですし、それと例の小説の映画。あれも欠かせないですね。あと二人でまた出掛けたり二人で買い物にいっ」
「ちょっ、なまえちゃんストッ…」
「…ずっと一緒にいたいです」
ずっと逸らしていた瞳を彼へと向けた。本当は今すぐ、誤魔化してしまいたい。はぐらかしてしまいたい。
「………好きです…ハイセさん」
だけどもう、逃げたくもない。
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千年続く、幸福を。