07
『なまえちゃん…』
ハイセさん…?
『ごめん…僕、もう…我慢できない。』
"ギシッ"
え、なに…
全く状況がつかめていない私の上には、頬を赤く染め、どこか苦しそうな表情のハイセさんがいた。こめかみにはうっすらと汗をかき、苦しそうというよりは…何だか切なそうな、そんな表情を浮かべていた。
『僕は、その…知識だけで、実践は乏しいかもしれないけど。』
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと…
『…大丈夫。ちゃんと、優しくするから…』
ま、待って…!
「ハッ、ハイセさん…ッ!ちょ、やめ…」
『…怖い?…大丈夫。痛くしないよ。
君は僕ガやサしく…喰ベテアゲル」
…次の言葉を発しようとした時にはもう…ハイセさんが私の喉を噛み千切った後だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「…ッ!…」
目を開けるとそこにはまだ見慣れないクリーム色の天井と、小さな窓から射し込む光が見えた。
「……朝。」
まだ肌寒い、冬の朝。私が暖をとろうと丸めた体は、ほんのりと熱かった。
(なんて夢を見てるんだ、私は…)
決して良いとは言えない目覚め。でも今日も3人でトルソーの捜査に向かう。時計を確認すると、少し早いがもう起きても良い時間だった。
(…着替えよ。)
それはトルソーの捜査を始めて
25日目の朝だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
捜査開始から、これまで…
少しずつではあるが、私達は死体の状態、関係者の証言、発生場所等から、ある程度トルソーの嗜好や行動パターンが読めてきていた。
トルソー事件の被害者は…全員"体の傷跡が残る女性"だった。盲腸や甲状腺の手術、事故での怪我、帝王切開…理由はそれぞれ違ったが、必ず体には傷跡が残っていた。
そんな情報から、ハイセさんが被害者の通院履歴を調べ、改めて事件発生場所と照らし合わせてみると…トルソーは病院施設から放物線を描くようにして、犯行を繰り返していることが分かった。
「こればっかりは、地道にやるしかないね。」
「そうですね…」
私達3人は病院施設があるエリアを中心に、トルソーに繋がる手がかりを探ってみることにした。
しかし、トルソーの行動範囲が広いこともあり、私、ハイセさん、六月くんはエリアを分担し、各々で調査を進めることにした。
…捜査開始から、数時間。私も条件に合いそうな施設を何件か探ってはみたものの、特にこれといって有力な手がかりとなく。次へ移ろうにも、何から手をつけたら良いのか、完全にお手上げ状態だった。
(皆からの連絡もないし…今日もダメかもなあ…)
半ば諦め気味でトボトボと歩いていると、前から誰かが小走りでこちらに向かってきた。
「なまえちゃーん。」
白鳩のコートに、白と黒の髪の毛…
(ハイセさんだ…!)
「ハイセさん!お疲れ様です。…何か情報、ありましたか?」
「いや、残念ながらこっちは…なまえちゃんは?」
「すみません、私もです…」
「そっか…六月くんの方はどうかな、僕の方には特に何も連絡なかったんだけど。」
「あっ、じゃあ私ちょっと電話してみますね。」
コートの胸ポケットから携帯を取り出すと、私はそのまま他の場所で捜査を続けているであろう六月くんへと電話をかけた。
prrrrrr……prrrrrr……prrrrrr……―――
…しかし、何コール鳴っても…彼からの応答がない。真面目な彼はいつもなら最低3コールくらい、捜査中であっても鳴らし続けていれば、きちんと電話には出てくれるような人だった。
そんな彼からの…応答がない。
私は何だか嫌な胸騒ぎがして、ハイセさんへ首を振りながら電話を切った。
「…何かあったのかもしれない。」
「私も何だか嫌な予感がします…」
「…六月くんがいたエリアへ向かおう…!」
「はい!」
私達が急いで道を振り返ると、その奥から、何やら凄まじいエンジン音が聞こえてきた。
「ハ、ハイセさん…あれ…」
「…なんだ、…暴走車?…タクシー?」
キュィィィィィィン…と地面とタイヤが擦れる音が響き、それは次第にこちらへと向かってきていた。
私が目を凝らして、暴走しているタクシーの後ろを見ると…更にもう1台、猛スピードでタクシーを追いかけるバイクが見えた。
「…!?はっ、ハイセさん!!あれ!バイクっと!シラズくん達ですっ!!」
「えっ!?」
視力が追いつき、やっと2人の姿が確認できた時には…タクシーとバイクは物凄いスピードで私達の横を駆け抜けて行った。
…でも、私達は見逃さなかった。
タクシーの後部座席。張り付けられるようにしてうなだれた白いコート。
白鳩のコート。
「「六月くん…!!」」
私とハイセさんは急いで辺りを見渡し、近くの駐車場へと車を停めに来てた男性へと声を掛けた。
「…すッ、すみません!グール捜査官です!ご協力お願いします!!」
『はぁっ!?…』
ハイセさんは男性へとCCGの手帳を提示すると、返事も待たないまま運転席へと乗り込んだ。
「なまえちゃん!乗って!」
「はい!」
『ちょ、ちょっと!!…』
…男性の制止は無意味だった。
そのまま車を急加速させ、私達は2台の後を追った。
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千年続く、幸福を。