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私が先ほどまで"速い"と感じていたスピードも、今では遅く感じるほどの戦闘が繰り広げられていた。

あの"合図"から急に勢いを増したハイセさんは、次々にオロチへと攻撃を仕掛けていく…しかし相手も推定レートS以上のグール。その攻撃を簡単に受けてくれるはずもなく、赫子とクインケの両方を駆使しても、あと少しのところで避けられてしまっていた。

そして、接戦の中。こちらの一瞬の隙を見たオロチは、赫子を器用に使いハイセさんの体を地面から浮かせた。

「ッ!!!」

そしてそこからすぐ、彼の上体目掛けて凄まじい数の攻撃を繰り出した。

(ハイセさん…!!)

『そッ…らあッ!!』

「…グハッッ!」

何十発もの蹴りを受けたハイセさんの体は、オロチの最後の一声とともに貫かれてしまった。

「いや…!ハイセさんッ!!」
「先生ッ…!!」

いてもたってもいられず、六月くんと共にハイセさんの元へと駆け寄ろうとしたが……あの攻撃を受けても尚、彼は立ち上がりスッと私達に制止の手をあげた。

「…待機。」

「……ま、まだ戦えます!このまま見てるだけなんて…!」
「ハイセさん…お願いします!援護、させて下さい…!」

「…上官命令だ。」

彼は優しく、私達を拒んだ。

「…よし。…通しませんよ、オロチさん。」

『…ああ。あんなガキどもより、俄然お前に興味湧いてきたわ…』

「アハハ…それは…喜んでいいのかな…
 …でも僕の事なんか
 知らないほうがいいと思います…

 ―――よ?」


―――ゾッ…

ハイセさんの片目は黒く染まり、瞳孔は尖るように赤く光っていた。"赫眼"だ。

まるでオロチを挑発するような微笑み。その笑顔の裏に隠された"何か"…その場にいる誰もがそれに息を呑み、身震いをした。

そうしている間にもハイセさんの赫子がオロチへと向かっていく…少し前とは比べ物にならない程のキレ、赫子がまるで剣のように、見る見るうちにこの戦況を変えていった。

『ッ!?』

逃げるオロチの先の行動も、ハイセさんは把握しているようだった。地面に仕掛けた赫子で、オロチを貫き、仕留めたかと思うと、追加の攻撃。どんどんどんどん、やれるとこまで相手を追い詰める戦法。

(…誰かが乗り移ったみたい。)

そう思ってしまうほど、普段の彼からは想像がつかないほど容赦がなかった。

オロチを完全に制圧したハイセさんがトドメを刺そうとヤツの上に跨り…赫子を高く上げた。

(あ、あと一撃…!)

「………ッ!?」

「…っ!」

私がそう願った瞬間、急にハイセさんが自分の頭を掴み、うずくまるように倒れてしまった。

「ハイセさ、ん…!?」

「ぐっあ…あぁぁぁああああいっいぃぃぃぃいっいぃい…ッ!ぐ…うぅぅぅぅぅッ…」

地面に倒れこんだ彼は急に何かに苦しむように悶え始め、耳を塞ぎたくなるような喚声をあげた。

「あっ、でっ、ぢぃぃぃいいぃいいいい…ッ!!うーっ!あーっあー…あああああ…痛ぃ…いたい…いだいッ…!」

(自我を失い掛けている…!)

「…ダメッ…!!」

私が彼の元へ駆け寄ろうと体を起こすと、グイッと何か物凄い力で後ろに引き寄せられた。

「…ッ!?」

「…下がれ、みょうじ三等。」

「ぇ、…ひ、平子…上等…?」

「…" オロチ "の追跡は中止だ。

 ――当班はSSレート"喰種"
 ハイセの対処に当たる。」

「「「「…!?」」」」

突如現れた平子上等を先頭に、ぞろぞろと"平子班"の面々が姿を現した。
班員へ明確な指示を与え終わると、時間がないと言わんばかりに早々とその"対処"は実行された。

(あの話は…本当だったんだ…)

自分の中の何かと戦うように、痛い、痛い、ともがき苦しむハイセさんを…すぐさま3つのクインケが、容赦なく貫いた。

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「…ぅ…ハイセさんっ…」

「……は……ぼ、ぼ、くは……」

「大丈夫です、大丈夫ですから…」

…全てが終わると、ハイセさんはその場にまた倒れ込んだ。あの瞬間、私は彼が死んでしまったような気がした…でも今ではもうあの暴走は嘘のように大人しく、ただただ弱弱しいハイセさんだけがここには残った。

「…なまえちゃん……」

「大丈夫…みんな大丈夫ですから…」

…また、いつどうなるか分からない彼を放っておけるはずもなく、私は涙をこぼしながらも必死に、虚ろな目をする彼へと言葉をかけ続けていた。

「…なまえ。」

「…ア、アキラさん…」

「代わろう。…ハイセ、ゆっくり自分の状況を整理してみろ。…お前は誰だ…――」

アキラさんの言葉は、彼の存在を確かめるように淡々と繰り返された。最後には"あまり無理をするな"と、その場所で唯一彼を労う、そんな言葉を残して。

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千年続く、幸福を。