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―――パァンッ…
…清々しい程、気持ちの良い音だった。
私達がいつも集まるミーティングルーム、そこでハイセさんが…瓜江くんの頬を平手で打ったのだ。
「…班長が班員を危険に晒してどうするんだ」
いつもの注意喚起ではない。その低い声だけでも、彼がどれだけ憤慨しているのかを分からせるには十分だった。
「…ぶたれる程のミスでしょうか。」
それでも瓜江くんは、あくまで自分の対応は間違ってなかったと開き直る。
「―…生きてさえいればチャンスは何度でもある。命を落とせばどうしようもないんだ…」
(ハイセさんは…瓜江くんをただ怒鳴りつけたいわけじゃないのに…)
そんな想いも、反抗的になっている彼には上手く伝わらないようで…きっと瓜江くんは、上官であるハイセさんのことをあまり信用していないんだと思う。あくまで個人の"功績"重視。それが彼の生き方でもあり、目標でもあるんじゃないかと、私は薄々勘付いていた。
「瓜江くん。
君を…Qs班の班長から解任する」
「…えっ」
バッと口を塞ぐ。驚きから、思わず変な声が出てしまった。
「…班の構成において、基本的には最も階級の高い者が指揮を担うのが通例ですが。」
ハイセさんからの突然の報告に誰もが息を飲む中。瓜江くんは平然を保ちつつ、淡々とハイセさんに噛み付いていった。
「このチームで最も階級が高いのは僕だ。君は班長にふさわしくないと僕が判断した。」
「改善します。」
「…改善するよう言ってきた。采配は、僕が行う。」
「納得出来かねます。」
「上 官 命 令 だ。」
両者一歩も譲らない中、ハイセさんが最後の切り札を示したところで、長い沈黙が訪れた。瓜江くんは歯をぎりぎりとしならせ、面白くなさそうに何やらぶつぶつと呟いている。
そして最後、明らかに周りに聞こえる声で
「 " 喰 種 " の く せ に ( )」
と言った。
「……ッ!!」
私はその発言に黙っていられず、思わず立ち上がった
が、
―――ズサァァァッ…!!
…次の瞬間、ハイセさんの横にいたはずの瓜江くんの体が床へと転がっていた。
「…瓜江ェッ!テメエクズかッ…!!」
彼を蹴り飛ばしたのはシラズくんだった。瓜江くんの胸倉を掴み"ぶっ殺してやる!"と、抑えきれない怒りを露わにしている。
「シッ、シラズくん…落ち着いて…!」
「僕は…!先生に謝って欲しいです」
私が一触即発の2人の間に入る中、普段は大人しい六月くんさえ少し困りながら瓜江くんに対し、そう言葉をもらす。
(……ど、どうにかしないと…)
立ち上がったは良いものの、完全に行き場を失い、しかもこの空気。私はただただ、この状況にうろたえるばかりだった。
「シラズくん、手を放して。…ごめん、なまえちゃんも座って。」
「…す、すみません。」
「瓜江くんがどう言おうと解任は決定だ。……それに、新班長はもう決めてある。」
(お…?)
「新班長は…」
ここは…六月くんが妥当だろうか?
「…不知吟士三等に任命する。」
「………へっ?オレ?」
…い、意外だ。
「ちょ、…ちょっと待てサッサン!!こういうのは頭良いやつがやるもんだろ!?座学は才子の次に悪かったぞ!?」
「…班のリーダーはチームのために動ける人が就くべきだと、僕は思う。」
(あ……だからか。)
…前回のオロチでの一件。負傷している六月くんを身を挺して守ったのは、瓜江くんではなく、新班長に選ばれたシラズくんだった。
そういう面でも瓜江くんとシラズくんとでは、良い意味で正反対なところがあったし…何よりハイセさんの気持ちが分かった私は、素直にこれは良い采配だと思った。
「…ふふっ!シラズ班かー…何だかユニークな采配ですね!」
「なッ!おい、なまえ!!それってオレを選んだのがユニークってことかよッ!」
「え!えぇ!?ちっ、ちがうよ!?そんなことは…ないよ?」
「てっめぇ…明らかに目が泳いでんだよッ!!つーか班長って……なにすりゃいいんだよぅ…」
先ほどの雰囲気から一変して、次第にいつもの和やかな雰囲気が戻ってきた。新班長のシラズくんは急に来た大船に、何とも乗り切れてない様子だったが…それでも私はこの"シラズ班"で稼動するQs班が、何だかちょっと楽しみだな、なんて思っていた。
そんな中、会話にも参加せず、反論も言わず、スッと部屋を出て行こうとする人物がいた。
「…瓜江くん。」
…そんな彼を後ろからハイセさんが呼び止めた。
「…あまり反抗的だと君を喰うよ!僕を"喰種"だと言うならねッ!!ふん!!」
ハイセさんは瓜江くんの肩に軽くパンチを食らわせると、"おやすみー"とそのまま何事もなかったように自室へと戻っていってしまった。
(……ハイセさん…)
部屋を出て行く彼の横顔は…何だか少し悲しそうにも見えた。
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千年続く、幸福を。