追われる者



私は女でありながら半年前までナイトレイブンカレッジの生徒だった。
家の面倒くさい事情で魔法薬を服用して体を男に近づけて通っていたのだが、そこについては今はどうでも良い。
卒業して悠々自適に女として生活をしていた今!問題が!発生している!

「貴方は本当に薄情な人ですね、僕の想いに気付いていたでしょうに。もしかして、ここまでされるとは思いませんでしたか?」
「いつになく良く喋るね、ジェイド…」
「話を逸らさないでもらえますか?僕から半年も逃げおおせたのですから、余程僕のことが嫌いになったのでしょうね?」
「いや、」
「おや、違うのですか?今まで挨拶の1つもなかったのに?」

怖い。怒っている。
在学中にはこんな禍禍しい感情を向けられた事は無かった。完全にぶち切れている。
黙って卒業したことか、卒業してからずっと連絡をしなかったことか、行方をくらませていたことか………全部か。

いや、確かに、だ。浅い関係ではなかったと思う。多分。
在学中に女であることがジェイドにだけはバレてしまったのだ。退学も覚悟していたが彼は特に誰に言いふらす訳でもなく、寧ろ秘密を隠すのを積極的に手伝ってくれた。
そして二人きりの時は怖ろしいくらいに優しく女扱いしてきた。

初めは陸の女が珍しく見えただけだと思っていた。関わるうちに愛着が湧いて優しくしているだけではないか、と。
それでも異様なほど丁寧に扱ってくるジェイドから何も感じ取らなかったわけではない。恋愛的な意味で好意をよせられているのではないか、とも思っていた。

だが、いくら異種族間での交際が珍しくないこととはいえ、生活様式が海と陸ではあまりにも違う。自分の実家でのゴタゴタもあり、こんな自分よりももっと良い人がジェイドにはいると思った。私がどれだけジェイドを好きでも私はジェイドを幸せには出来ない。
何より無償で優しくしてくれるジェイドに何をどう返して良いかも分からなかった。

つまるところ、私はジェイドを愛する覚悟が出来なくて逃げ出したのだ。
浅い仲ではないとはいえ、深い仲でもない。
まだ親友と呼べる域なのだから、取り返しがつくはずだ。私がいなくなれば別の人間か人魚にでも恋をするだろう、後は私がジェイドの事を忘れればそれで良いと、

思っていたんだよ、私は。
そう信じていたというか、信じたかったというか、そもそも恋愛経験が乏しいせいで駆け引きとか分からなかったし、終わると思ってたんだよ。

それが実際はどうだ。
この男、何故か私の部屋にいた。
語弊ではない。鍵はかけてあったはずなのに宿の部屋に戻ったらいたのだ。
驚いて全力で駆け出そうとする私を捕まえ部屋の奥に追いやり、退路を断たれて今に至る。

え、なんでこうなった??

「え、なんで?なんでこうなった?」
「僕が質問しているんですが…まあ、このままでは会話にならないでしょうし、答えてあげますよ。探しました。」

でしょうね。

「いや、何で探した?え、は?」
「卒業してからずっと貴方に会いたかったんですよ」
「えっ、お礼参り的な…」
「違います」

とりあえず殺されはしないらしい。

「え…何しに来たの」
「貴方に僕を受け入れて貰いに」
「……………ごめん、なに…?」
「貴方を愛しています、貴方が欲しい」

………は?????
いやいやいやいや、うん、まさかとは思っていたけれど、思ってはいたけれど、この男はこんなにはっきりと言葉にするタイプだったか??

在学中は男であることを私が望んでいたし、ジェイドもそれを尊重してくれていたように思う。だからこそ友愛としての言葉を私に贈ることは多々あったが、恋愛へと発展させるようなことはなかった。

今思えばその気遣いに甘えてすぎていたのかもしれない。ただ、あの時既に踏み込まれていたのなら私はジェイドから距離を取っていただろうし、その事をジェイド自身も感じ取っていたのだと思う。
いつも私の思考の先を読んで私の欲しいものを与えてくれた。対価などを求めることは一度もなかった。

「貴方は僕が貴方に無償で優しくしていると思っていたんでしょう?見返りも求めず、秘密を共有し、友人として貴方の力になっていると」
「実際、そうだったと思うけど…」
「そんなわけがないでしょう。周りに悟られないように必死でしたよ、貴方が欲しくてたまらなかった」

ジェイドが見たことのない顔をしている。
目元を赤らめ興奮したように言葉を紡ぐ。
壁際に追い詰めた私をさも愛おしそうに見つめ、その長い手足を絡めてくる。ウツボの彼の捕食方法か、締め上げられるような感覚に自然と体が強ばった。

「けれど貴方が男でいたがるから、卒業するまでは僕も我慢しようと思っていたんです。貴方となら永遠に陸で生活しても良い。卒業したら必ず想いを伝えようと、思っていたのに、」
「ジェ、イ…」
「貴方は僕から逃げた」

両手で体を抱き寄せられる。
抵抗しようとしたが腰に腕を回され後頭部を手で押さえられているため目もそらせない。
憎しみとも取れるような怖ろしい目をしている。鈍く光る金色の瞳が酷く美しいと他人事のように思った。

「可笑しくなりそうでしたよ。やっと貴方の深いところまで踏み込めると思った矢先に拒絶されたのですから。旅に出ていることは早々に突き止めましたが行き先は分からない。…誰といるのかも。」
「ヒェッ」
「貴方が他の男といるかもしれない可能性を考えて何度もその想像の男を苦しめる方法を考えましたよ。まあ、これに関しては未遂で済んだので良かったです」

それはそうだ。
元クラスメイトがそんな事件を起こすとか怖ろしくてたまらない。
項をくすぐるように撫でる指先は優しいのに流暢に話すジェイドの表情は厳しいままだ。
ふと、その綺麗な顔が苦しそうに歪む。


「…僕のことは、嫌いになったんですか」

最初と同じ質問なのに弱々しい声だった。
今にも泣き出しそうな、ただを捏ねる子供のような声だった。
縋り付くように抱きしめてきて顔を肩口に寄せているため表情は窺えなかったが手が少し震えている。
違う、違うんだよ、こんな風に苦しめたかった訳じゃない。
思わずその大きな背中に腕を回してゆっくりと撫でる。

「ごめんね」
「…それは何に対しての謝罪ですか」
「色々…?有耶無耶にして放っておいたことも探させてしまったことも」
「…謝罪が欲しいわけではありません」
「うん、ちょっと待って、言葉にするから」

ジェイドの両手に力が入った。
ごめん、ごめんなさい、ここまで傷つくのは思わなかった。こんな私のことなど直ぐに忘れてくれると思ったのだ。

「ジェイドには、私よりもっと良い人がいると思って、」
「僕には貴方が一番なのに」
「離れたら、忘れてくれると思ったんだよ、」
「忘れられるわけがない」
「…ここまで好かれているとは思わなかった」
「………迷惑ですか」

ポツリと呟いた言葉はとても弱々しかった。
こんな今にも泣き出しそうなジェイドを見るのは初めてだった。
私が知っているのはおどけたように泣きマネをしてみせたり、全く困っていないような困り顔ばかりで。

「迷惑じゃないよ、私が臆病なだけ。私はジェイドになにも、返せない」
「…僕のことが嫌いではないんですか」
「好きだよ、これは多分、友人としてじゃない」

ジェイドの体が震えた。
あぁ、私はなんて臆病なのか。多分、だなんて保険をかけて。ジェイドはこんなにも真っ直ぐに伝えてくれたのに。
顔をあげたジェイドと目をあわせるのが怖い。いっそ手酷くふってくれた方が私も諦めがついたのに。

この初恋を終わらせられるのに。



「へぇ、そうですか」

やけに飄々とした声が響いた。

「んっ?」
「それはそれは、追いかけてきた甲斐がありました。これで僕たちは晴れて両想い…恋人ですね」
「えっ」
「貴方が僕から逃げる要因の1つとして僕が貴方への想いを言葉にするのを怠ったというものもあるようです。はっきりと言葉にしていれば僕が貴方を忘れられるという選択肢は浮かばなかったでしょうし」
「は?」
「安心して下さい、これからはしっかり伝えていきますよ。貴方を愛しています。この世界の誰より」
「えっ??」
「あぁ、それから。僕これから貴方の旅に同行することにしました。大丈夫ですよ、準備してきましたから」
「…………!!」

あっっっ!!!!はめられた!!!!!!
こいつ、演技しやがった!!弱々しく見せて欲しい言葉を言わせたのか!!!なんて野郎だ!!!!!!! 
最初から私がジェイドに惹かれつつあることも分かっていたのか、そうでなかったとしても旅に同行して惚れさせるつもりだったのか…
どちらにせよ、私が彼の思惑通りに動いたことに変わりは無い。

「本当…良い性格してる…」
「ふふ、ありがとうございます。
さて、ここは一応ベッドが2つありますが…1つのベッドで一緒に寝ても構いませんよ?どうしますか?」
「結構!!です!!!!」



こうして私とジェイドの奇妙な珍道中が始まったのだ。