最推しを生かすために奔走する私の話

私の推しが死んだ。





私の推しこと春 小野寺はタイムリープ系喧嘩漫画の一登場人物だった。
彼の立ち位置としては松野千冬の幼馴染で、その漫画には珍しく非不良男子。バイクも喧嘩も好きではないらしく、幼馴染の千冬をいつも心配していた。モブというには個性があって、だけどグッズが出るほど出番もない。知る人ぞ知るキャラクターという感じだ。

でもそれは場地圭介が命を落とすまでの話。
今まで遠い存在だった死が身近に感じられた小野寺くんは千冬に過干渉するようになっていた。私としてはその重たい彼女感も好きなポイントなんだけど、当時はそんな小野寺くんに大量のアンチが湧いた。SNSのトレンドに千冬の彼女面‪w・・・・・・・・・と入っていたら100%小野寺くんのことである。
そして小野寺くんの怒りの矛先は主人公である花垣武道に向いた。ただでさえ大好きな幼馴染が場地さんに取られてしまったのに、場地さんが死んだと思ったらぽっと出の喧嘩の弱そうな男を相棒と呼んでいるのだから。
タケミっちに会う度にネチネチと嫌味をぶつける小野寺くんとか私にとってはご褒美でしかないんだけど、やっぱり炎上した。検索サジェストで『小野寺 嫌い』『小野寺 うざい』『小野寺 彼女面』と出てくるくらいだ。

そんなファンからの嫌われ要素を背負った小野寺くんが本誌で死んだ。この作品は未来(現在)で死んでもやり直せるけど、過去で死んだらその死は確定してしまう。
なのに小野寺くんは過去で死んでしまった。大嫌いなはずのタケミっちを庇って死んだのだ。
最期に「千冬を泣かせたら許さないからね」と言い残して、綺麗な顔で笑って死んだ。見開き1ページで描かれたその顔の美しさに発狂したし、最期まで千冬を想う愛にも発狂したし、推しが死んだ事実に発狂した。その美しいまでの幼馴染愛に今まで小野寺くんアンチだった人もテノヒラクルーで小野寺沼に落ちた。あれは仕方ない。落ちないやつは人じゃない。




暗転





目が覚めたら身体が縮んでしまっていた。なお私は名探偵ではないとする。つまりどういうことだってばよ・・・。

推しが死んでからの記憶が覚束無いけど、気付いたら何故か身体が小さくなっていて全然知らない部屋にいた。
そして横にはさらに小さな子がすよすよ可愛い寝息を立てて眠っている。服装からして多分男の子?まつ毛が長すぎて女の子にも見えるけど。
ただこの色素の薄い感じ、どこかで見覚えがあるような…。

「光〜、小野寺〜、もうお昼寝は終わりよー」
光というのは私の名前だ。なら小野寺はこの子だろう。



推しじゃん!

見覚えあるわけですよ。推しですから。え、私推しと同じ部屋で寝てたの?同じ空気を吸って?お金も払わずに?
一体前世でどれほど徳を積んだんだろう。え、前世?もしかして私死んだ?

「ねえたん、ねえたん」
供給過多でフリーズしていたらツンツンと控えめに裾を引っ張られた。見ると零れ落ちそうなほど大きな菫色の瞳が心配そうに私を見ていて、その顔からして推しであることが確定した。
「だいぞーぶ?」
大丈夫?と聞いているのだろう。可愛すぎか?意識が飛びかけてたけど、さっきのねえたん呼びも心臓にクリティカルヒットした。
「大丈夫だよ、ありがとね」
平静を装って推しに微笑むとただでさえ可愛い顔をもっと可愛くして私にのしかかるように抱き着いてきた。何これご褒美?もしかしてここが天国?




推しはすくすく可愛くかっこよく成長した。途中で例の幼馴染の松野千冬とも仲良くなり、前まで「姉ちゃん姉ちゃん」だったのが「千冬千冬」になってお姉ちゃん寂しいです。

それはともかくとして推しのメンヘラ彼女面化を防ぐには一虎くんと場地さんの真一郎くん事件からどうにかしなければならない。それさえどうにかしたら場地さんは死なないかもしれないし、小野寺くんも不安にならないでしょ。
小野寺くん夢女子だった身からすると千冬の彼女面は可愛くもあり、小憎たらしくもあるから防げるなら防ぎたい。千冬に弟はやらん。
あれ?でも同じ苗字でひとつ屋根の下に住んでるってことは私と小野寺くん結婚してるのと同じじゃない?あいあむうぃなーってやつかな。



そんな弟が可愛すぎで今日も辛いという話を親友に話す。
高校に入学して最初の席が後ろだった彼女にも弟がいて、いつもニコニコして聞いてくれる。マジ天使。
「赤音のとこの弟も超可愛いよねー」
「えぇーそう?すごい生意気だよ〜」
なんて笑ってるけど何だかんだ弟が可愛いらしく、よくちょっかいをかけているのを見る。赤音の家と私の家はそんなに離れてないから、お互い遊びに行けるのだ。
「あ、最近はるちゃんが遊んでくれないって青宗が拗ねてたよ」
「青宗くんと一くんがゲーム強すぎて勝てないからこっそり練習してるみたい。二人には内緒だよ?」
「はるちゃん負けず嫌いなんだ、可愛いねー」
なんて親友と弟談義をして家に帰る。赤音は勉強熱心だから図書館に寄るらしく、校門で別れた。弟のためにゲーム必勝法の本とか売ってないかなと探しつつ、赤音の今後に思いを馳せる。

この後は一くんに告白される例の場面だろ…うな…?!!
火事!!!赤音の家が燃えてしまう。何をぼんやりしていたのだろう。赤音は今日も可愛いなーとか、明日は照れながら一くんの話してくれるかなーとか考えてたけどそんな悠長なこと言ってられなかった。

今から走って間に合うかどうか。でも行かないという選択肢はなかった。


赤音の家の周りには野次馬が集まっていて、中の状況が掴めない。でも窓に人影が見えた気がした。
群衆をかき分けて中に押し入る。きっと青宗くんは一くんが助けてくれる。だから赤音を助けないと。
どこにいるのか分からないけど、外から見えたあの窓がある部屋を目指す。

いた!間違いない。赤音だ。
「赤音!大丈夫だから私に任せてね!」
もう意識もない赤音を抱き上げ、懸命に声を掛けて命からがら家から逃げ出した。既に到着していた救急隊員の方に赤音を渡して、私もそのまま気を失った。







「…ね…ちゃ……死…ない…よ……ゃん」
推しが泣いている声がした。泣かせたやつはどこのどいつだ。私がぶん殴ってやる。
「姉ちゃん…」
泣かせていたのは私らしい。重い目を無理やりこじ開け推しの顔を見る。生の泣き顔なんて小野寺オタクとして拝まないわけにはいかない。
「の…み…」
推しの名前を呼びたいのに声が出ない。カッスカスのしゃがれ声みたいなものしか出なくて恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。
「姉ちゃん?姉ちゃん!!!」
「うっ…」
私が起きたことに気付いた小野寺ががばりと抱き着いてきた。ここは天国かもしれない。なんて洒落にならないことを考えていたら、小野寺の後ろからそっとナースコールを押す人影が見えた。小野寺が覆い被さるようにしてるから誰かは分からないけど、声にならない声で感謝を伝える。

「ヒカちゃんったら、お礼を言うのは私の方なのに。もう寝坊助さん」
クスクス可愛らしく笑う声に聞き覚えがあった。というか間違いない。私の親友、赤音だ。
小野寺がようやく退いてくれて赤音の顔が見えた。赤音は包帯だらけで綺麗な顔にもそれは巻かれていた。
「あ、包帯のこと気にしてるでしょー?全然大丈夫だよこのくらい」
明るく笑う赤音は無理しているようには見えなかった。でもどことなく暗い雰囲気が漂っていて、小野寺は居づらかったのか気を利かせたのかそのまま病室から出ていった。

「ごめん…ごめんね…ヒカちゃん。ヒカちゃんにいっぱい火傷負わせちゃった…痛いよね、辛いよね」
小野寺が出ていったのを見計らってか赤音は壁が崩壊したかのように堪えていたものを泣きながら吐き出した。
「だ…じょ…ぅ」
大丈夫だと伝えたいのに上手く言葉が出ない。
それでもずっと一緒にいたからか読み取ってくれたみたいだ。なのに赤音はもっと大泣きした。

看護師さんが来る頃には二人抱き合いながら大号泣。赤音が泣いていると私まで悲しくなってしまうからしょうがない。


ちなみに青宗くんはやっぱり一くんが助けてくれたようで無事だった。少しだけ不安だったのだ。





赤音の綺麗な顔には火傷のあとが残ってしまうそうだ。きっと青宗くんとおそろいだろう。
私といえば身体中火傷塗れなくらいでピンピンしている。赤音よりも酷い火傷らしいけど、別に元が良いわけでもないからそこまで気にしてない。赤音の国宝級美貌の前では無力なのだ。

ただ弟がすごく悲しむのだ。
どうにかお金を貯めて手術費用を稼いで火傷のあとを消すんだって意気込んでいる。原作の小野寺くんなら目的のためには命も惜しまないから、正直弟が何するか分からず怖いのが本音だ。平気で臓器とか売りかねない。
だから青宗くんと一くんに小野寺のことを見守ってくれるように頼んだ。千冬も何だかんだ私を慕ってくれているから、小野寺と一緒に暴走するかもしれないし。





そしたら何故か原作通り青宗くんがグレて、一くんもお金を掻き集めるようになった。なんで…?






──────

好きな人がいた。
でも好きな人には好きな人がいた。

よくある話だ。少し違うことと言えば好きな人に「キミが好きなのは私じゃないと思うよ」と否定されたことか。
あと好きな人の好きな人が女だった。
赤音さんは光さんのことが好きらしい。
そしてオレは光さんの弟が好きらしい。赤音さんに言われた。オレが赤音さんに向ける思いはただの憧れで、本当に好きな人はきっと別にいるのだと。

体良くフラれたのだと思ったが、赤音さんはもっとキッパリ言う人だ。だからオレが小野寺を好きだと本気で思っているらしい。思わず「有り得ない」と否定した。フラれるのは少し覚悟していたが、この気持ちを疑われるのは嫌だった。すると赤音さんは困ったように眉を下げて「秘密だよ?」と教えてくれた。

「青宗ははるちゃんのこと好きなんだ。一くんもね、はるちゃんを見る時青宗とおんなじ眼をしてるよ」

さっきみたいに「違う」とは言えなかった。イヌピーが小野寺を好きなことは知らなかったし、それを聞いて「嫌だ」と思った。イヌピーと小野寺がくっ付くとオレがハブられるから、それが嫌なんだと思い込もうとした。でも二人はそんなことをしないのはオレが一番分かっている。

赤音さんが光さんと結ばれてキラキラした笑顔で笑っていたら、オレはきっと悔しいけど、でも素直に祝福できた。
でもイヌピーと小野寺が一緒になるのは何か嫌だった。

悶々と考えるオレに赤音さんは綺麗に笑った。よく分からないけど恋してる顔だと思った。
「私ね、ヒカちゃんのことが大好きなの。でもね、ヒカちゃんが他の人と笑って幸せそうにしてるのが辛くてたまらないんだ」
「…オレも。小野寺がイヌピーと二人っきりで笑ってたら、ちょっとやだ」
「お揃いだね」


オレは赤音さんが好きだったはずなのに、それ以来気付けば小野寺を目で追っていた。
あれから少しして赤音さんは光さんと付き合い始めたらしい。光さんの隣で笑う赤音さんはオレが見てきたときよりも、一番綺麗な顔をしていた。全身で幸せだと分かるような顔だ。羨ましいと思った。赤音さんは好きな人の側にいられるのだから。

赤音さんに妬みのような感情を覚えて、初めてオレは小野寺への気持ちを自覚した。もし赤音さんを好きなままでいたらきっと妬ましく思う対象は光さんのはずだったから。



小野寺はあの火事から不安定になった。
光さんはそんな素振りを見せなかったが、死の境をさまよっていたのだ。それは心配にもなるだろう。
そして光さんの火傷の痕を消すために金を必要とするようになった。正直見ていて危なっかしい。
手っ取り早く金を貯めようと平気で自分を売ろうとするのだ。イヌピーとオレが気付かなかったら手遅れになっていた。

だからオレが代わりに金を稼ぐことにした。
小野寺が身を削るよりよっぽどマシだ。幸運にもオレには才能があった。ただオレが金を稼げば稼ぐほど、小野寺の顔を見られなくなった。後ろめたいというよりは、汚いオレを見られたくなかったのかもしれない。
結局オレは小野寺から逃げた。

金を稼いで、光さんの火傷はだいぶマシになった。といっても治ったわけではない。だが赤音さんとお揃いだと喜んでいるから、それ以上は何も言わなかった。

汚れた手を隠すようにオレは更に金を集めた。
もう既に目的なんか無かった。
そしてイヌピーが黒龍に入ったあたりでオレは小野寺と会わなくなった。小野寺を巻き込みたくないというのと、あの綺麗な彼奴の隣には居られなかった。



オレは彼奴の手を自分から振り払ったのだ。



イヌピーがパクられて、オレも堕ちるところまで堕ちて。
それでも小野寺だけは綺麗なままでいてくれると思っていた。



「なんで小野寺がそこにいんだよ…ッ!」
東京卍會で知らない男の後ろでバイクに跨る小野寺は相変わらず綺麗に笑っていた。