え?目が覚めたら隣に恋人の弟が全裸で寝ていても入れる保険があるんですか?(灰谷)

至急、寝て起きたら隣に恋人の弟が寝ていた時からでも入れる保険があれば教えてください。

隣には気持ちよさそうに眠る竜胆(裸)、何故かケツに違和感がある俺(裸)。
そしてここは恐らく竜胆の家。つまりは蘭の家でもある。導き出される答えは修羅場だ。
というか俺は浮気したことよりも竜胆に手を出したことで殺されそうな気がする。
「竜胆、竜胆起きて、マジで切実に起きて」
「んぁ〜?」
眠そうな竜胆は蘭の弟なだけあって可愛いが、今はそれどころじゃない。俺の命が懸かっている。


「昨日何があった?」
「んー」
考えてはいるようだが、ほとんど夢の中だ。
眠そうに瞬いていた目も段々と閉じられていく。
「竜胆ぉー!!!」
それからはいくら揺り起こしても起きなかった。意外と寝汚いな。
とりあえず俺はこの家を出なくてはならない。蘭に見つかる前に。散らばった衣類をかき集め、部屋から出て蘭の姿がないか慎重に確認する。そして玄関のドアを掴んだところで肩をガシリと掴まれた。
「なぁにしてるの?」
「ら、蘭サンじゃないですかぁハハハ」
何で後ろにいるんだよ。もしかしたら竜胆の部屋から出てきたところからずっと息を潜めて様子を伺ってたのかもしれない。蘭はそういう男だ。

「で、何してんの?」
顔は笑顔なのに目だけが笑ってないのが怖い。ついでに掴まれた肩も骨がギシギシいっている気がする。
「えぇっと、そうだなぁ…」
誤魔化そうと言葉を濁すも蘭の目線に竦められ、素直に土下座した。
「浮気しました。ごめんなさい!竜胆に手を出した、いや出された?とりあえずごめんなさい」
「素直に言えて偉いねぇ」
嫌な笑顔で俺の頭を撫でてくる蘭。竜胆に手を出したことも浮気したことも何も聞いてこないことが逆に怖い。
「で、ヨかった?」
「は?」
「だから竜胆とヤッて気持ち良かったか聞いてんの」
なんて答えるのが正解なんだ?NOと言えば竜胆が下手ってこと?とブチ切れそうだし、YESと言えばオレを差し置いて?とブチ切れそうだ。黒ひげ危機一髪より恐ろしい。
「き、記憶がなくて…」
「は?マジ?」
何故か驚いた様子の蘭だが、小さく「薬の量ミスったかな」と呟いてるのが聞こえてしまった。


「蘭、お前まさか」
「あは♡」
浮気騒動は蘭の仕組んだことだった。俺と竜胆に薬を盛って部屋にぶち込んだらしい。そういう趣味なのか?

「兄ちゃん、何騒いでんだ…よ…」
竜胆が寝癖のついた髪をワシワシと掻き混ぜながら、半裸でやってきた。しかし俺を見てポポポと顔を赤くして立ち尽くしてしまった。どうやらこっちは記憶があるようだ。
「はよ〜竜胆。んでどうだった?コイツ」
「どうだったって、まさか兄ちゃん!」
竜胆も気付いたのか「わぁー」と叫んで自室に篭ってしまった。
「可愛いなあいつ」
「だろー?」
得意気に言う蘭だが、マジでこいつの考えていることが理解出来ない。




「竜胆の初恋の相手知ってる?」
「や、知らねえけど」
コーヒーを準備しながら唐突に蘭が尋ねてきた。関係ないけど蘭の淹れるコーヒーは俺が淹れるやつより美味しい気がする。
「小2の時、隣の席だった灰原小野寺くん」
「俺じゃねえかよ」
小2?確か引っ越す前だな。あんま覚えてねえけど。
「竜胆忘れられてる、カワイソー」
思ってもないような口調で竜胆を憐れむ蘭。本人がいたら拗ねるだろうなと思いつつ、昔の記憶を引っ張り起こす。





クラス替えで新しく隣になった子はずっと泣いていた。口癖のように「おにいちゃん」「おにいちゃん」と零しながら、べそべそと泣いていた。
「ねえ、おにいちゃんなん年生?」
「グスッ、3年生」
「年子なんだね!じゃ、あいにいこ!」
隣の子を連れてその子の兄に会いに行った。
「おにいちゃん!」
「ん?竜胆じゃん。なんでいんの」
泣きべそをかく弟を他所に兄はシビアだった。
「あの子がつれてきてくれた!」
「ふぅん、おまえなまえは?」
「灰原小野寺!」
指で空に字を書くと途中で弟が反応した。
「いっしょ!おれらも灰あるよ!」
「おれらみんなおそろいだなー」
そこでようやく弟が竜胆、兄が蘭という名だと知った。

竜胆の泣き虫癖は中々治らなかった。でも初めは蘭に会うまでずっと泣いていたのが、俺でも泣き止んでくれるようになった。
代わりに俺が他の奴といると拗ねて泣いて暴れて大変だったが。

何で俺は今まで忘れていたのだろうか。

「泣き虫の竜胆くんか」
「思い出せたなー?でもオマエら親友だったのに何で忘れてんだよ」
「…親友?」
親友というより子守番、お世話係の方が確実な気がする。そう思って首を傾げると蘭が苦い顔をした。
「それマジで竜胆の前で言うなよ。泣き虫に戻るから」
蘭のガチトーンに神妙に頷いておく。流石に今は大丈夫だろうけど、あの頃の泣き虫竜胆は中々面倒くさかった。




「いやいや、それでその竜胆の初恋が今回の件と何の関係があんだよ」
「あ、そうじゃん」
本当に忘れてたのか珍しくポカンとした顔をして見せた蘭だったが、またニヤニヤと笑いだした。
「オレさー、竜胆のこと可愛い弟だと思ってるじゃん?」
「ん、まぁな」
今回俺が竜胆に手を出したことで殺されると覚悟するくらいには蘭は竜胆を可愛がっているのは知っている。
「で、オマエも好きじゃん」
「…まあ」
蘭からの愛情を否定するのは気が引けるが、肯定するほど自尊心は高くない。のに蘭が嫌な笑みを浮かべたから慌てて誤魔化すように肯定する。
「竜胆もオマエもこの家で暮らせばオレって超幸せ者になれると思わねえ?」
さぞ名案だと言わんばかりのペカーとした笑顔に思わず絶句する。
「いやいやいや、竜胆の気持ちは?」
この際俺の気持ちは置いといて、兄に逆らえない哀れな弟を心配する。
「だから竜胆はオマエのことまだ好きなんだって。あれ言わなかった?」
「聞いてねえよバカ」
初恋は普通とっくの昔に消化するだろ、何引き摺ってんだバカ。



「でもさ、蘭。その恋人同士である俺と蘭と一緒に暮らすのは竜胆が可哀想じゃん」
ナニとは言わないが色々気まずいだろう。
「は?俺とオマエ、竜胆とオマエが付き合うんだよ」
「ちょっと待ってちょっと待って、俺分裂してる!」
「うるせー」
あまりのことに大声を出した俺に蘭は楽しそうに耳を塞ぐふりをした。
「三人交際ってやつ」
「何それ、いやそれこそ竜胆に申し訳ないわ」
「オレが何?」
ギャンギャン喚き立てる俺の声が聞こえたのか、竜胆が部屋から出てきた。


「マジで一回部屋戻ってハウス!」
「犬じゃねえし」
一応チラと伺うように蘭を見た竜胆だったが、蘭のサムズアップに安心して近付いてきた。
「竜胆もさぁ、コイツと付き合いたいよなあ?」
「何兄ちゃん譲る気になったワケ?」
「なわけ。でも三人で付き合うなら有りじゃねえかなって思って」
「兄ちゃん!」
竜胆の大声にそりゃそうだと思った。こんなふざけた発想常人だったら出てこないし、流石に竜胆に怒るだろう。
「天才じゃん!」
「やっぱオマエもそう思うよなー?さすがオレの弟」
訂正。イカれた奴の弟もやっぱイカれてたわ。
「いやおかしいだろ?」
「小野寺はオレと付き合うのやだ?」
弟属性を存分に生かした顔で聞いてきて俺は思わず言葉に詰まる。なんでコイツこんなあざとい顔が出来んだ?兄の教育の賜物か。

「オレのことまだ好きじゃなくていいよ。絶対好きにさせっから」
顔がいいんだよなあ。
小2の記憶はほぼないけど、今までの友達付き合いの中でオレは竜胆に絆されていたらしい。あんな捨てられた子犬のような顔で見られたら断れなかった。
まあ断ったところで発案が俺様何様蘭様な時点で結果はお察しだが。





そして数週間もしないうちに、このイカれた兄弟に溺れていくのだがその時の俺は知る由もなかった。