NRCのアイドル(職業) / twst(愛され)

NRCにはアイドルがいる。といってもオタサーの姫などの概念的なものではなく、職業としてのアイドルである。

三峰・椎奈はそれはもうべらぼうに可愛らしい外見をしていた。天使のごときその容姿は女旱おんなひでりの学園の男たちを大いに沸かせることとなった。
だがそんな三峰は入学してからあることに悩まされてきた。

それは窃盗に盗撮である。元々治安の良くないNRCだったが、三峰の入学を機に一部の倫理が崩壊した。海育ちの三峰は訳が分からず、ただひたすら恐怖であった。
そこで真っ先に相談したのが頼れる幼馴染のアズール・アーシェングロットである。三峰に甘く、三峰の為なら身を粉にして働くことも厭わない男であるが、彼もまた陸のストーカーには疎かった。そこでそういうものに詳しそうな(偏見)イデア・シュラウドに助けを求めた。

だがイデアは光属性が効果抜群である。三峰のような圧倒的光属性が現れるとキョドるし、マヒる。
その結果「ファンです握手してください」と叫んで倒れた。実際は「ふぁんでしゅあくしゅしてくだしい」くらい呂律が回っていなかったと後にアズールは語った。
だがそのイデアの言動がアズールに閃きを与えることになった。公式でグッズを売ればいいのだと。

そこからは早かった。イデア監修の元、学園アイドル・三峰ちゃんの誕生である。
ファンクラブを立ち上げ、それに加入することで握手会やライブに参加するチケットを購入することが出来る仕組みを作ったり、ブロマイドや写真集をヴィル・シェーンハイトの指示を仰ぎ、撮影したりと大忙しであった。

結果窃盗や盗撮の被害は大幅に減った。
公式からの供給はファンの養分だとイデアが言っていたが、あながち間違いでは無いのかもしれない。




「みんな元気にしてるー?みんなのアイドル三峰ちゃんだよー!」
月に一度モストロ・ラウンジで行われるライブは大盛況である。この日ばかりは男たちの(野太い)黄色い悲鳴が会場を包む。そんなむさ苦しい中、一番後ろで腕を組みながら満足気に三峰を眺める獅子は脅威の無遅刻無欠席でライブに参加している。誰が言ったか後方彼氏ヅライオン。

「今日の服はねー、クルーウェル先生がプレゼントしてくれたんだぁ〜!可愛いでしょ?」
ご機嫌にくるんと回る三峰に男たちはさらに沸き立つ。何がとは言わないが見えそうで見えないのが興奮するらしい。だが最後列の獅子は食えない教師からの贈り物とあってかグルルと唸るように喉を鳴らした。
だが三峰と獅子の関係はただとアイドルとファン、もしくは接点のない同じ学校の後輩と先輩といったところか。

「ふぁんさして…?ん、ばーん」
最前列に座る魔力のない人間・・・・・・・が持つうちわを読み上げたフロムは彼女に向かってバーンと銃を撃つ振りをした。彼女と両隣にいたハートとスペードのトランプ兵たちも被弾した。
推しのファンサほど攻撃力の高いものは無い。余談だが両隣のトランプ兵たちは無理やり加入させられ、引き摺られて来たのだが、三峰によって心を撃ち抜かれ、これからは定期的に通うことになる。魔力のない人間の同居人(獣)であるネコチャンは狼の獣人の元へ預けられている。ライブで問題を起こす、即ち死であるというのはNRCでは常識だった。


「そういえばね、写真集出すんだ〜。今日限りの販売でね、ラウンジの入口で売り出すからみんな良ければ買ってね!いつも応援ありがとうー!じゃあねー!!」
三峰の姿が消えると写真集を求めて男たちは入口へと押し掛けた。あちこちで乱闘騒ぎが起きているが、これもいつもの事である。こうして日にちを絞るのは希少品にし、買わないという選択を与えないためである。



ファンの中にも空気の読めない者は一定数いる。
翌日、ライブの熱も冷めやらぬまま興奮気味に三峰に話し掛けにいく勇者の姿は珍しくない。特に入学して初めてのライブを観た1年生たちに多いのだが。

「ふ、三峰ちゃん!」
先輩に向かって三峰ちゃん・・・と呼べる度胸は尊敬ものだが、ここは天下のNRC。そんな不敬は許されない。
「あ?」
昨夜のゆるふわアイドル、三峰ちゃんの面影は何処やら。荒んだ目をした男がこれまた荒んだ声で凄んでみせた。
ここでやめておけば良かったものの、無鉄砲なファンは一瞬怯んだが好機とばかりに言葉を続けた。
「ファンです!ツーショいいですか!」
「いい訳ねえだろうがよぉ、テメェ頭にクソでも詰まってんのか?あぁ?」
チンピラのようなそれにファンの男は驚いて言葉を失った。昨日あれほどキラキラして見えた三峰ちゃんがどんどんと萎んでいく。みんなのアイドル三峰ちゃんはクソとか言わない。

トボトボと背中を丸めて去っていく姿に三峰は「ケッ」と吐き捨てた。この男はそういう男なのだ。
闇の鏡に選ばれる人間に真人間・・・などいるはずがない。一部例外はいるものの、アズールと幼馴染をやれている時点でその辺はお察しというものだろう。何せアズールといえば例の双子も着いてくるのだから。


三峰の性格は一年苦楽を共にした同級生や、噂が広まったことで3、4年生も既に知っていた。それでも尚ライブにあそこまでのファンが押し掛け、さらには写真集ではアズールがほくそ笑むまでの利益が出るほどにアイドルとしての三峰は男の理想だった。可愛らしくて守ってあげたくなるような儚さがあって、握手会のときの柔らかい手に触れればもうイチコロだった。
一部の特殊性癖の男共はお口の悪い素の三峰ごと愛しているのだが、過度な接触はウツボセコムが発動するため遠くで眺めているだけで終わることが多い。


閑話休題


アイドルにガチ恋勢はつきものである。
そこで幼馴染三人衆を除いた(三峰ちゃん)ガチ恋四天王を紹介しよう。

まずはこの男。蛇のような執着心で狙った獲物は逃がさないジャミル・バイパーだ。
ジャミルは1年の時三峰と同じクラスだった。アイドルとしての三峰ちゃんではなく、ただの三峰を知ってから三峰ちゃん過激派になった珍しいファンである。
陸に上がったばかりで何も出来ない三峰が可愛い顔で「ジャミル教えて」と甘えてくれば、それはもうコロリと落ちる。それに三峰はジャミルなら当然出来るだろうというカリムとはまた違った信頼を向けてくるのだ。この信頼がジャミルの自尊心を刺激した。
三峰はジャミル本来の能力を正当に評価していた。いくらジャミルが隠そうとしていても、アイドルというものはファンの機微には敏感なのだ。

ジャミルはファンクラブの会員番号1桁台である。親友・・である三峰から「やるよ」と言って渡されたのだ。自室に戻ってからジャミルは咽び泣いた。
ライブがある日のジャミルはカリムに優しいらしい。普段から甘いが、その日に限ってはカリムが何をやらかそうとも仏のような目で見ているのだとか。
ただライブ直前に問題を起こそうものなら話は別だ。そうなるともう怒りもしなくなる。抜け落ちた表情で淡々と問題への対処にあたり、3日ほどその調子が続くのだ。しかしそれも三峰によって解決する。三峰がジャミルの頬を両手で挟み、「大丈夫?」と心配そうに小首を傾げるだけでいいのだ。他のファン有象無象では体験出来ないこの特別扱いがジャミルの優越感をくすぐった。限定版の写真集だって三峰に言えば用意してくれる。三峰という男は親友にとっても甘いのだ。
いつか親友という皮をかなぐり捨ててより近い位置に行けるようにジャミルは淡々とその機を狙っている。



続いてあの後方彼氏ヅライオン。最後列で腕を組みながら、「俺の嫁は今日も可愛いな」と当たり前のように思っているレオナ・キングスカラーだ。
二人の出会いは正しく運命・・だった。いつものようにレオナが気だるそうに歩いていると、丁度曲がり角のところから現れた男にぶつかった。それが三峰だった。
「痛えな。どこ見て歩いてんだよ」と睨め付けるレオナに負けじと「そっちの不注意だろ」と言い返す三峰。曲がりなりにも寮長であるレオナはまさか言い返されると思わず驚いた。それで面白半分に面でも拝んでやろうと覗き込んで、その愛らしさに目を奪われた。
「次からちゃんと前見て歩けよ」と吐き捨て去っていく三峰に内心「おもしれぇ奴」と思いながら、どうもあの顔が頭から離れない。そこで唐突に義姉の言葉を思い出した。
「曲がり角でぶつかったら、それはね、運命なのよ」
義姉と兄はそうして出会ったらしい。レオナは知らなかったが、義姉はわりと運命論者なのだ。少女漫画よろしくな展開は彼女の大好物である。彼女に言わせるとレオナと三峰の出会いは運命だ。それが許されるのは紙面の世界だけだということに世間知らずの第2王子は気付かなかった。捻くれ王子も心は純粋なのだ。

だからレオナは三峰と心が通じ合っていると信じている。何せ運命なのだから。写真集に群がる奴らを見下し、一人ご機嫌そうに鼻を鳴らす。レオナも馬鹿じゃない。アズールの考えることは簡単に予想が着いた。アズールと専属契約を交わして定価の2倍の額を払って定期購読システムにしているのだ。汚いなさすが王族きたない。



そして次のガチ恋は真っ直ぐにイカれたあの男。ボーテ100点、ルーク・ハントだ。
元より美しいものに目がないこの男は三峰を見た瞬間から恋に落ちた。良過ぎる目を活かして遠くから砂糖を煮詰めたようなドロドロとした甘ったるい視線を送っている。
そのくせいざ本人を目の前にすると、いつもの流暢な褒め言葉はなりを潜めガチゴチに固まってしまうのだ。この狩人は本命には奥手であった。

三峰観察日記はこの1年と少しの間に47冊目に到達した。本当はもう少し詳細に書き記したいらしいが、それをすると三峰を眺める時間が減ってしまうから自重しているらしい。それを聞いたヴィルは3歩後ずさったとか。寮長としての矜恃によって3歩で済んだが、他の奴らだったら窓から身を投げているかもしれない。恐怖で。

ちなみにこのルークという男は、ライブ中に三峰と目が合ったと毎回思うタイプのファンである。つまりはめんどくさい。目が合った(と思い込む)度に黄色い悲鳴(美声)を上げるため、三峰から変わった人だと認知はされている。となると目が合っているというのもあながち間違いでは無いかもしれない。

だがルークと三峰に接点はない。特にアイドルの仮面を外した素の三峰からしたら、他寮の副寮長という認識もあるかないかといった具合だ。


そして最後の一人は意外や意外、箱入りドラゴン若様こと、マレウス・ドラコニアである。二人の出会いは何ともドラマティックなものであった。
マレウスがいつも通り部活動に精を出していると、空からそれはもう美しい天使が舞い降りた。より正確に言うのなら飛行術の練習中に(他の人魚たちの例に漏れず)箒の操作を誤った三峰がマレウスの元に落ちてきたのだ。
そんな三峰は木の隙間を抜けてきたり、低空で地面に身体を擦りつけたりしたせいか、全身ドロドロで葉が至る所に付着していた。

しかしそれでも三峰の美しさに変わりはなかった。むしろ美しさを際立たせる要因とすらなっていた。

マレウスの腕の中で震える三峰はそれはもう愛らしかった。涙目で身体を震わせながら必死にマレウスに礼を告げるその姿に恋に落ちた。庇護欲も振り切れると恋になるらしい。

マレウスはリリアの助言を得て、毎日三峰に愛を告げる手紙を送っている。だがしかし、マレウスは箱入りが故に表現力に難があるとは誰も教えてくれなかった。
やれ「お前は弱い(=守ってやる)」やら、「僕に従え(=そばにいて欲しい)」などの圧迫脅迫状になっていることに気付いていない。
危なそうな手紙は海のギャングが弾くため、未だに三峰の目に入ったことはない。マレウスがそれに気付くのは暫く先だろう。


そんなこんなで三峰の周りは波乱万丈である。
そしてまたしても閑話休題。


ラギー・ブッチはスラム街出身の貧しいハイエナである。だから三峰のファンクラブに加入することも、ライブに参加することも、ましてやグッズを買うことも出来なかった。だがしかし、それでもラギーは満足していた。

ラギーが三峰・椎奈のファンではないから?
否、大ファン超えて愛している。

では何故か。
その答えは単純明快だ。













「三峰ちゃん?それなら今オレの隣で寝てるッスよ」

果たして海のギャングの目を掻い潜り、ガチ恋四天王を出し抜いたハイエナはいかにして、その立場を手に入れたのか。

それについてはまたいつか。