君の心は分からない / gnsn(アルハイゼン)

「アルハイゼンには分かんないよ」


スメールを救った立役者の一人。知論派の唐変木。無機質な書記官。彼を示す言葉は沢山あるけど、僕にとってのアルハイゼンはそうじゃない。捻くれてはいるけど、自分の興味に正直で、意外と分かりやすい。

そんなアルハイゼンだから好きになった。
なのに今はアルハイゼンのことが何一つ分からない。カーヴェ先輩を自分の家に住まわせていることとか、僕に何も言わず何日もいなくなることとか、何を考えてるのかさっぱり分からない。(終いには戻ってきて早々代理賢者だって!?)
でもアルハイゼンのことだから、その行動の結果、僕がどう思うかとか一切考慮してないんだろうな。


「カーヴェ先輩、この論文どうですか」
「うん、いいと思うよ」
カーヴェ先輩は手元の用紙から目を離さず、見るからに適当だと分かる返事を返した。彼も彼でしばらく砂漠に出ずっぱりだったから、事務的な仕事を追われているみたいだ。だから言うならきっと今かな。
「カーヴェ先輩、僕スメールを出ようと思います」
「うん、いいんじゃない?」
「アルハイゼンにはよろしくお伝え下さい」
「ああうん、わかったよ。…………って、え?ちょっと待って!」

風元素でぴょんとその場から離れる。
だからカーヴェ先輩の引き止める声なんて聞こえもしなかった。
「や、やばい…僕のせいだ……。確実にアルハイゼンに殺される………」



スメールを出たあと、どこに行こうかなんて決めていない。
ただセノとティナリが最近モンドに行って「いい国だったよ」なんて話していたから、モンドに行くのも有りかもなあ。コレイはいっつもモンドの話、というよりモンドの友人の話をするし悪いところじゃなさそう。少なくともその友人には会ってみたい気もする。

でも璃月も捨てがたいなあ。スメールの煌びやかな建築とは違って、璃月は荘厳だって聞くし一度見てみたい。
璃月港に行って、それからモンドに行こうかな。でも稲妻のサクラも美しいと聞く。ううん、悩むなあ。

アルハイゼンが勝手にするなら、僕だって勝手にする。
完全なる当てつけだけど、フリ・・じゃなくて本当にスメールを出るのはちっぽけなプライドを守るためだ。
だって僕がいなくなっても顔色1つ変えないアルハイゼンを見たら、絶対に心が折れてしまう。だから見ないためにも、ここを離れるのが一番いい。僕だってやるときはやるのだ。


食料はいっぱい買わないと。道中作ってもいいけど、炎元素じゃないから、火起こしちょこっと大変なんだよね。
璃月まで行って、そこから船で稲妻かな。ほんとはフォンテーヌとかもちょっといいかなって思ったけど、稲妻の離島感に憧れがあった。あと物理的にアルハイゼンと距離を置きたい。できれば忘れたい。
稲妻で僕を大事にしてくれる人を探すんだ。


────────

「は?今、何と、言った?」
「わざわざ強調して言うことないだろ!だから三峰がスメールを出て行くって」
「意味がわからない。だいたいそれが本当なら三峰は直接俺の元に来るだろう」
「ああそうかよ!僕はちゃんと君に伝えたからな」

カーヴェの情報に嫌な予感がした。だがアルハイゼンはそれを態度に出さずに平静を装った。自分を安心させるために。
──三峰は自分を愛してくれているはずだ、最後に触れた時だって甘い声で「好き」だと言っていた。
そこまで考えてアルハイゼンは最後に触れたのが、遥か前だということに気が付いた。恋人との関係を疎かにしていたつもりは無いが、スメールを揺るがす大騒動にアルハイゼンの興味は向いてしまっていた。

三峰はそれはもうモテる。老若男女問わず魅了する美しい男だ。遠縁にサキュバスがいるとかで、三峰はその美貌を色濃く受け継いでいた。
そんな三峰をものにしたアルハイゼンの涙ぐましい努力はこの際置いておいて、つまりはそう、ピンチであった。

目下の宿敵とも言えるカーヴェは幸運にも砂漠にいて三峰との密会はできないはずで、虎視眈々と三峰を狙う大マハマトラもアルハイゼンたちと行動を共にしていた。
ならばならばとアルハイゼンは思考を巡らせる。普段優秀な頭脳も、こと恋愛になるとポンコツになるとは誰が言ったか。

そして本当にアルハイゼンが嫌になってしまったのでは、その答えに行き着くのも時間の問題だった。
それ以外にスメールを離れる理由も、わざわざカーヴェ越しに伝える理由もないからである。

「カーヴェ、三峰はどこに行くと言っていた?出発はいつだ?誰かと行くのか?」
「いつもの冷静さはどこに行ったんだ?君らしくもない。行き先も誰と行くかも、何も聞いていないよ」

比較的親しくしていたカーヴェにも伝えていないということは、かなり危機的状況ではないだろうか。言い換えれば、それほどまでにアルハイゼンにバレたくなかったとも考えられるからだ。
「(今すぐ探しに行くか?いやだが代理賢者としての職務がある。書記官だったらなんとでもなったのだが。カーヴェに探しに行かせるか?いやそれで距離が縮まったら本末転倒だ)」
考え込みながらも落ち着かず部屋を歩き回るアルハイゼンにカーヴェはついに堪忍袋の緒が切れた。
「君という奴は!そんなんだから三峰に見限られるんだ」
「まだそうと決まった訳では無い」
「そうやって希望的観測に縋っていればいいさ。僕が君の立場だったら、今すぐにでも家を飛び出すね」
「そんなに言うのなら君には三峰の行き先がわかるのか?」
「恋人なら行きたい場所の一つや二つくらい、聞いているだろう!」
カーヴェの言葉にアルハイゼンは珍しく押し黙った。
三峰を想っていた時間こそ長けれど、共に過ごした時間はあまりにも短すぎた。この部屋でアルハイゼンが論文を読んでいる間、隣にいた三峰は何を話していただろうか。
思い返せば三峰ときちんと会話した記憶がほとんどない。三峰と恋人という関係になってからも、アルハイゼンは普段の生活を変えようとしなかった。定時になったら退勤し、新しい論文や本を読み、仮説を検証するために外に出る。そこに三峰が介入する余地はなかった。

「もう少し三峰を大事にしていたら、こんなことにはならなかった。もし三峰に何かあったら僕は一生、君を許さない」
「ああ、分かってる」
「だいたいスメールはいくら死域が消えたからといって、安全なわけじゃない」
「死域…そうか」
「急にどうしたんだ。びっくりするだろ!」
「君はスメールを出るとき、どこから出る?」
「そんなの僕に限らずアビディアの森だろう。あそこは璃月に繋がっているし、近くにレンジャーもいるからね。それにひとりで砂漠を歩くのはなるべく避けたいね」
「ああ。三峰も砂漠を嫌うだろう。ならレンジャーの誰かしらが三峰を見ている可能性がある」





「はあ、やっと来た。夜遅くに層岩巨淵を抜けようとしたから、慌てて止めたんだよ」
「すまない、礼を言う」
「全く僕たちの仕事を増やすのもやめて欲しいよ。何とか言いくるめて出発を明日の朝にさせたけど、君が来なかったらどうしようかと思った」
「それで三峰は?」
「今は僕の家で寝てるよ。……ちょっと、人の親切心をそんな目で見ないで欲しいね。それともそこら辺に転がしておけばよかった?」
「…三峰を回収して帰る。世話になったな」
アルハイゼンは寝ている三峰を大事そうに抱えると、来た道を戻って行った。あのアルハイゼンが宝物に触れるかのようにそっと三峰の頬を撫でるなんて、誰が考えられるだろうか。ティナリは面倒くさい訪問者の意外な姿に一人クスリと笑って、コレイに首を傾げられていた。

「コレイ、恋人を選ぶ時は仕事人間は避けるべきだね」
「な、師匠!恋人なんてまだ早いですよ!」




三峰を抱えて帰ってきたアルハイゼンにカーヴェは安心したように声を掛けた。
「良かった、無事だったんだね」
「三峰が起きる」
遠回しにうるさいと言ったアルハイゼンにガーヴェは思い切り顔を歪めた。三峰にとっとと振られてしまえばいいのに。そしたら三峰だって自分を見てくれるはずだ。

「三峰が選んだのは俺だ。そこにお前の入る余地は無い」
心の内を見透かされたような言葉にカーヴェはカッとして噛み付く。
「それも目が覚めるまでの話だろう!振られて後悔するといいさ」
「そうか。だがそれを決めるのはお前じゃない」
そう言って三峰を抱えたまま寝室へと消えた姿に、カーヴェは苛立ちを抱えたままキッチンの酒へ足を向けた。明日のアルハイゼンは酒がどうのなどと気にする余裕もないだろう、そう結論付けて。

──────
「ん…ティナリ……?」
お腹の前で組まれた腕に、昨夜友人に出国を止められたことを思い出した。起き抜けの頭で腕の人物と思われる名前を呼べば、その力が強くなった。
「共寝をする仲なのか?」
「…ん……あれ…アルハイゼン?」
「恋人である俺に何も言わずに、別の男の世話になるとは何を考えている?」
起き抜けに聞くアルハイゼンの説教に気分は最悪まで落ち込んだ。アルハイゼンはいつもそうだ。自分が正しいと信じてやまないで、こっちの言い分なんて聞きもしない。どうせ僕の話なんて聞く価値すらないと思ってるんだろう。

「なに、僕に失望したって?なら別れようか」
「なっ!そんなことは言ってないだろう」
珍しく面食らったような表情に、ああこの人もこんな顔をするんだとぼんやりと思った。でも僕は意志を変えるつもりは無い。
「もういい。アルハイゼンと話したくない」
「何も良くない。ひとりで勝手に結論を出すのは君の悪い癖だ」
「何それ。じゃあ何?ひとりで勝手にどっか行って、僕の知らないうちにカーヴェ先輩と同居して、いつの間にか代理賢者にまでなって、そんな君の行動は悪い癖じゃないって?」
「…だからといって君に伝えたところで結論が変わるとは思えないが」
「ああッ!もういい!別れる!アルハイゼンなんか知らない!僕に触らないで」
僕を掴む腕を振りほどいてアルハイゼンと距離をとる。どうせアルハイゼンのことだから、いつもの澄ました顔で僕のことを子供の癇癪のように思って見てるのだろう。そう思って顔を上げ、ギョッとした。あのアルハイゼンがしゅんとしおらしい表情をしているのだ。

「ア、アルハイゼン……?」
「…三峰、俺は君を愛している。君がどんなに俺を嫌おうが構わない。ただ俺の目の届かないところに行かないでくれ」
「…………嫌いだなんて言ってないじゃん。ばか」
「そうか。なら先程の話は嘘ということでいいな」
しおらしさはどこへやら、いつもの気に食わない顔で僕の言葉を半ば強制的に撤回させてきた。騙された僕の方がばかだった。

「もう〜〜!だいたい悪いのは全部
「ああ、すまなかった」
僕の言葉を遮るようにしてアルハイゼンが口を開いた。そして、その口からは謝罪の言葉が聞こえた気がする。
「え…え?」
「だからすまなかったと言っている」
素直に謝られてしまうと怒りの吐き出し方が分からなくなってしまうが、でもどうせアルハイゼンのことだ。何が悪いか分かってない癖に、僕の機嫌をとるために謝ってるに違いない。
「もういい。悪いとは思ってない癖に」
「いや、君に一言相談をしなかったのは本当にすまないと思っている。ただ言い訳のつもりは無いが、巻き込みたくなかったんだ」
「何それ!君がいない間、僕がどれくらい心配したか分かってる?」
「ああ、逆の立場になって理解した」
それからもう一度謝られてしまうと、振り上げた拳も降ろさないと大人気ない。そこまで分かってやってるのだと思うけど、でもね、アルハイゼン愛した人にそこまで言われたら、もう怒れないじゃん。

「ほんとにほんとにこれきりだからね」
「ああ。分かってる」
「仕事をしてるアルハイゼンは……その………かっこいい……と思う、けど………」
ごにょごにょと誤魔化すように言っても、アルハイゼンの耳にはしっかり聞こえていたようで、目を瞬かせていた。今日はアルハイゼンの珍しい顔ばかり見る。
「……たまにはさ、恋人らしいことしてくれたっていいじゃん」
ほんのちょっとだけでもいいから、なんて思ってもないことを付け足してみる。だってアルハイゼンの脳内に恋人らしいことがあるとは思えない。ほんのちょっとでも僕のために時間を作ってくれたら、今よりもっとずっと幸せだと思う。

「恋人らしいこと……」
ふむと考え込んでしまったアルハイゼンにまた気分が落ち込む。めんどくさいと思われたかな、アルハイゼンに求めちゃいけないことだったかな。様子を伺っていると、視界が反転した。
天井、そして少し嬉しそうなアルハイゼンの顔が見える。

「まさか君から誘ってもらえるとは思わなかった」
「ばっ!な、え、?」
「起きるにはまだ早い。恋人らしいこと・・・・・・・するんだろう?」

─────────
結論を言えば、僕はアルハイゼンのことを何一つ分かっていなかった。
僕が考えるよりアルハイゼンは僕のことを愛していたし、何より余裕がなかった。普段は何も言わないのにぽつりぽつりと吐露された本音に、僕の心臓は大忙しだった。
朴念仁のアルハイゼンが僕のことで嫉妬してくれたなんて想定外だし、計画は全く上手くいかなかったけど、結果的に上々だ。

でもまあ次があったら絶対別れてやるけどね。
無意識に煽って常に仏頂面してるアルハイゼンを好きなのなんて、僕くらいなものなんだから。僕がいなくなって後悔しないようにちゃんと釣った魚に餌をやるんだぞ!
なんてね。