「あんたがわるいんだぜ?また俺の手の届くところに来ちまったんだから」 / gnsn(リオセスリ)

これは贖いだ。
血に塗れた両の手を雪ぐための贖罪であり、僕に与えられた罰だ。

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男が腰を打ち付ける度に、自分の喉から漏れる高い声に嫌気がさす。まるで自分の浅ましさを自覚させられているような気持ちになるからだ。
行為が終わった後には2000枚の特別許可券が手に入る。でも行為のせいで労働はできない。だから特別許可券を使用して、労働を免除してもらう。そのせいで手元に残るのは僅かばかりだ。

たまに管理者に呼ばれて抱かれることもある。あいつは管理者という立場を笠に着て、特別許可券をくれない。ただ僕の時間が浪費されるだけ。
でも僕は罪人だ。それを受け入れる以外に道は無い。

時に死人すらでる水中の監獄で、僕が食うに困らず生活出来ているのは、単にこの暗い場所では性欲という三大欲求の一つを満たす手段が無かったからに過ぎない。
そして僕みたいな貧弱なやつは肉体労働に従事したら、すぐに死ぬことはわかりきっていた。だからこうする以外に方法は無いのだ。


それにこんな生活でも少しだけ希望はある。地上に残してきた幼い弟が壁炉の家に引き取られたとか、この地獄で抗いながら闘う英雄がいるとか。
弟のことはここにいる今、それ以上を知る術は無い。ただ壁炉の家の評判は悪くなかったはずだ。きっと幸せに暮らしていることだろう。

英雄について嘘かほんとかわからないが、沢山のことを耳にした。まだ若いボクサーで、闘技場で特別許可券を荒稼ぎしてるらしい。それから無敗記録を更新中とか何とか。
それから今の監獄の体制に対する不満が日に日に上がっているのも、英雄が裏で手を回しているとか。
この英雄がいるから僕は毎日明日を望めるのだ。明日はきっといい日になる、そう思うことが出来た。


残念ながら英雄による最後を見届けることなく、僕は釈放された。弟には会いに行けなかった。
大罪を犯した兄の存在など忘れてしまった方がずっといい。
きっと暖かな家で幸せに暮らしているはずだから。



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まさかまたこの地に立つことになるなんて。
被告人席から僕を告訴した原告を睨み付ける。あいつはニヤニヤと嫌味な顔で舐めるように僕を見返した。

「被告三峰は原告であるブルーノに暴行を加えた。これに間違いは?」
「僕じゃない!先に僕を襲ったのはそいつだ」
「ふむ。ブルーノ殿、何か言うことは?」
「襲ったとは人聞きが悪い。大体三峰ちゃん・・・が誘ってきたんだ」
傍聴席から僕を下品にやじる声が聞こえた。
ここの人達は自分が面白いと思った方に付く。被告である僕をせせら笑う方が、彼らにとって面白いと感じたのだろう。

「言い掛かりだ。だいたい僕はあんたを知らない」
「おいおい、それは酷いぜ。三峰ちゃん。水の下であんなに睦み合った仲だろ?」

あいつの言葉に思い出した。あいつは監獄で僕を買っていたやつだ!
僕の過去を無遠慮にほじくり返した挙句、公衆の面前で吐き出された言葉は余りにも無慈悲だった。あの地獄から戻ってきてから2年間、ようやくまともな仕事にも就けて周りの人とも良い関係を気付いて、全てを隠して生きてきた。
それをよりにもよってこんなやつに壊されてしまった。

やはりと言うべきか、四方から僕をあざ笑う人たち。
地下で身体を売っていた事実から、僕が誘った・・・・・という戯言を覆すことは難しかった。有罪を求める声に僕はもう抵抗しなかった。仮に僕の主張が認められたとして、どうせ今と現状は変わらない。






「『諭示裁定カーディナル』の審判結果により、被告三峰は有罪・・

───ああ、ヌヴィレット様の口からこの言葉を聞くのは2回目だ。僕はまたあの地獄へと落ちるのだ。



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地獄はいつの間にか形を変えていた。
かつての英雄によって、最低限度の生活が保証されるようになっていた。労働はしなければならないが、少なくとも身体を壊すまでの無茶な要求は無いし、ある程度の対価と引き換えに願いを聞いてくれる。
ここは地上よりも息がしやすかった。

僕の懲役は65日。
しかし65日で僕の噂を消すことは不可能だ。むしろ尾ひれが付いて広まっていることも考えられる。
何にせよ、今頃かつての罪とともに赤裸々に暴かれて、如何に僕が社会不適合者か勿体ぶった口調で解説するコメンテーターや記者も山ほどいるに違いない。齢12で実の親を殺したサイコパスだと騒がれた時のように。


人によってはここは地上よりも生きやすいらしい。それは同感。ただそれでもここが僕の最適解ではなかった。
ここにはまだ、かつての僕がいた頃から服役していた囚人がごまんといる。英雄のおかげで住みやすくなり、地上に戻らないことを選択していたのだ。

三峰ちゃん、三峰ちゃんと下卑た声が聞こえる。
あの頃と違って僕は労働で特別許可券を稼ぐことが出来るというのに、求められているのはそれでは無かった。
集団で襲われた時、助けてくれたのはかつての英雄こと─リオセスリ公爵様だった。

公爵様は看守を呼び、僕を襲った男達の処罰を命じた。
それから執務室へと招き、温かい紅茶を淹れてくれた。
「三峰、気付くのが遅くなってすまなかったな」
「いえ、慣れてますので」
僕の答えに公爵様は押し黙った。気を悪くさせてしまっただろうか。
「……先ほどヌヴィレットさんからあんたに手紙を預かったんだ」
「どうも」
差し出された手紙とペーパーナイフを受け取り、封を切る。
そこには整った字で驚くべきことが書かれていた。
僕が再度ここに来ることになったきっかけ、つまりブルーノが裁判にかけられたこと。容疑は強姦。そして僕の件と合わせて、概ね罪を認めていること。明日の夜にはここに収監されること。僕の容疑が完全に晴れたこと。そして謝罪。
それから───

僕の過去を面白おかしく取り上げた記事のせいで、僕の人生が悲劇のヒロイン地味たコンテンツとしてフォンテーヌの人々に消費されていること。

「あんたには2つの選択肢がある。ここで管理者側の人間として働くか、地上に戻るか」
「管理者側といっても無理ですよ。僕には囚人を抑えられませんし、頭だって良くないし、きっと公爵様のご迷惑に」
「そうか、なら3つ目の選択肢として俺のお嫁さんになってくれないか?」

……はい?
思わず目をぱちくりさせて、公爵様の顔を見る。
公爵様は照れたように目を逸らしながら、頬を赤く染めていた。それが先程の言葉が聞き間違いでは無いことの何よりの証明だった。

「俺は昔のあんたを知っている」
「!」
「あれがあんたにとって生きる最善の策だということも」
「……はい」
全てを知られていた。もちろん書類上で見聞きは出来るし、隠せるものだとも思っていなかった。だが恐らくこの口ぶりだと、あの頃・・・から知っていたのだと思う。
途端に僕は自分が何よりも汚いものだと感じて、英雄の目の前にいるのが恥ずかしくなった。

「なあ三峰、俺が昔からあんたを助けたかったと言ったら笑うかい?」
言葉だけ聞くと、同情ではないかと疑いすら覚える。でも先程までとは打って変わって、真剣に僕を見るその眼にそんな感情は感じられなかった。
「あの時、僕の希望は2つだけでした。新たな家庭に迎え入れられ幸せに過ごしているであろう弟と、それから……」
それから目の前にいる、
「あなただったんです」

「この地獄を変えてくれるかもしれない、そう期待することが出来ました。毎日明日まで頑張ろうと思えました。全部あなたがいたからなんです」
僕のことなんて、知らないと思っていた。
手の届かない存在だった英雄が、僕を助けようとしてくれていた。それだけで僕の人生丸ごと報われた気がする。

「俺はあんたの希望になれていたのか……」
独り言のように呟かれたそれに大きく頷く。
「だからわざわざ僕みたいな汚れた人間をお嫁さんにしてまで、助けようとしないでください。僕はあなたに十分救われました」

「ああ、すまない。誤解させたようだ」
公爵様の言葉に首を傾げる。誤解も何も無いだろうに。
「三峰。初めてあんたを見た時から、俺はあんたに惚れている。だから助けたかったんだ」
「…………………………ッ!?!?」
助けたかったから(他の方法がなく)お嫁さんにしたいのではなく、惚れているから助けたい。今公爵様はそう言ったのか。
脳の処理が追いついた瞬間、僕の顔は火がついたように赤くなった。だって誰かに好意を持ってもらえることなんて、今まで1度たりとも無かったのだから。

「こ、公爵様……」
「ああそれも無しだ。俺のことはリオセスリと呼んでくれ」
「リオセスリ様?」
「旦那に向かって様はいらないだろ、三峰」
どこか楽しげな公爵様、もといリオセスリさんをじとりと睨む。不敬かもしれないけど、これくらい許して欲しい。

「リオセスリ、さん」
「ん?」
そう言って優しい目を向けるのを止めて欲しい。僕なんか人に好かれるにはあまりにも勿体ない。特に引く手数多なこの人だと余計にそう感じる。
「きっと後悔します。僕のせいで中傷だってされるかも、これからもっと素敵な人に会うかもしれない。わざわざ人生棒に振ってまで、僕を選ばなくてもいいと思います」
「なるほどな。俺のために身を引くということは、少なくとも俺のことを悪しからず考えてくれているってことだろ?」
痛いところをつかれた。でも仕方ない、だってずっと憧れていた英雄なんだから。嬉しくないはずがない。

「僕はリオセスリさんが好きです。あなたと同じ種類の好きかは分からないけど、大好きです。だからこそ幸せになって欲しい」
「ああそうかい。なら挙式はいつがいい?俺の幸せにあんたは必要不可欠だ」

ああ、きっと僕は初めからこの英雄に囚われていたのだろう。もうここから抜け出すことは出来ない。


───────

「もう!公爵ってばひどいのよ。ウチの作ったミルクセーキを全然飲んでくれないし、三峰にも飲ませるなって」
「あはは、リオセスリさんがごめんね。でも僕は気にしないから、いつでも」
「駄目だ。頼むからやめてくれ」
いつから聞いていたのか、必死なリオセスリさんが珍しくて思わず吹き出すと、今度はシグウィンとリオセスリさんの両方が拗ねた。
片方はミルクセーキを飲まないと機嫌を直してくれないし、片方は飲むと機嫌を直してくれない。この時ばかりは骨が折れた。

またある日のこと。
ぺたり
背に何かを貼り付けられる感覚がした。振り返るとメリュジーヌの子が僕の背にステッカーを貼っているようだ。
そして目が合うと理由を話してくれた。
「シグウィンと賭けをしてるの」
「賭け?」
「うん。いっぱいステッカーを貼った方が勝ちなの」

後でリオセスリさんが嬉しそうに賭けの詳細を教えてくれた。リオセスリさんのもの・・・・・・・・・・にいっぱいステッカーを貼った方が勝ちらしい。
「あんたは俺のものってことだな」なんて笑っていたけど、あの日からずっと僕はあなたのものなのに。

まあそれはそれとして、メリュジーヌの子達にそう思われていたのがいちばん恥ずかしい。シグウィンの「あらあらまあまあ」みたいな視線とかもね。


───────

「なあ相棒、ちょっと頼みがあるんだけど聞いてくれるかい?」
「いいけど、手合わせはしないからね」
療養を終えたらしく、フォンテーヌでまたタルタリヤに会った。神の目は無事に彼の手に戻ったらしく、きちんと腰元で光り輝いていた。
そしてそんなタルタリヤからの頼み事に思わず、先んじて口を挟む。戦闘狂だし、どうせろくな頼みじゃない。

「ははっ。それはまた今度頼むとして、君確かメロピデ要塞に出入りできるんだよね?」
「できるけど」
「良かった!探して欲しい人がいるんだ」
「何、その人強いの?」
「いや、強くは見えなかったなあ。でも俺がメロピデ要塞にいた頃にお世話になったんだ」
「へえ、お礼でも伝えればいい?」
「もちろんそれもお願いしたいけど、これを渡して欲しい」
「手紙?」
「そう。ラブレターだから、相手を間違えてくれるなよ」
ラブレター、ラブレター……!?
あの日頃から闘うことしか頭にないタルタリヤの口から、ラブレターという言葉が出たことに驚きを隠せない。まだ果たし状と言われた方が納得する。

「ら、ラブレター!?タルタリヤが?それで相手は誰なの」
「すごく綺麗な子だよ。名前は……三峰」
相手の名前を聞いた瞬間、手紙を返した。
脳内で公爵の「ほう?俺の・・三峰に何か用か?」と怒りをにじませた低音の声が聞こえた気がしたのだ。

「ちょっとなんで返すのさ」
「アイテハヒトヅマデス」
「ふぅん、略奪愛か」
旦那から奪えばいいのか、と独り言ちるタルタリヤを置いてそそくさとその場を離れる。
タルタリヤが三峰さんに手を出すのは、百歩譲って俺に関係ないから良いとして、万が一にでも俺が関わっていると気付かれたらおしまいだ。
公爵の怒りの矛先が俺に向かわないよう、逃げるが勝ちということだ。今頃パイモンは呑気にご飯を食べていると思うと、恨めしいとすら思える。
俺も戻ってパイモンと合流して、さっきのことは忘れよう。


「ところで旅人、最近俺の・・三峰宛に厄介な手紙が届くんだが何か知らないか?
「イエ、ナニモシリマセン」


──────

「■■■、三峰さんは、君のお兄さんは元気そうだったよ」
「本当?メロピデ要塞で辛い目にあってない?」
「うん、僕が保証するよ」
リネは■■■を安心させるように、三峰の話をいくつか聞かせてみせた。事実、三峰は薄暗い水中の中でも楽しげに笑っていたし、彼の周りは輝いて見えた。

「兄さんがアイツらを殺したのは僕のせいなんだ。アイツらが僕を売ろうとしたから……でも兄さんはとっくに……」
リネは鈍くなかった。フォンテーヌでは三峰の過去は赤裸々に暴かれていたため、■■■の言う売る・・が売春であることに気付いていた。
三峰は既に自分が売春させられていたにも関わらず、両親を手にかけることはしなかった。それでも弟にまでやらせようとして…………それで三峰は監獄へ行くことになった。

「三峰さんは今公爵と結婚して幸せそうだったよ。僕は公爵が苦手だけど、公爵は三峰さんを心から愛しているようだから、そこは心配しないで大丈夫」
掌の上で転がされていたことを思い出して感情的になりそうな気持ちを、何とか押さえる。そういえばあの時も三峰は公爵に注意をしていた。
──「リオセスリさん!お願いだから、家族を想う気持ちを利用しないで」

恐らく三峰の声は公爵には届かない。いや三峰の優しさは最善にはなり得ない。それは三峰も分かっていた。だがそれでもあの時、怒ってくれた三峰にリネは感謝していた。兄としての考え方はきっとリネも三峰も同じなのだ。

「そっか。兄さんにも家族が出来たんだ」
「そうだね。でも三峰さんの中では■■■も大事な家族だよ」
でなければ、あそこで声を上げたりしなかったはずだ。
フレミネの身を案じていたのも、■■■と重ねて見ていた部分があるはずだ。

「ありがとう、リネ」
「これくらい構わないよ。■■■と僕は家族だからね」


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