コンコンと品良く、だが性急なノックにヘレンは恐る恐る戸を開けた。そして音を鳴らした人物を見て僅かに驚いた顔をした。
「ああ、ああ、ヘレン」
「レギー、そんなに青褪めてどうしたんだ?」
突然の訪問者にヘレンはレギュラスの背後を確認し、家に招き入れた。かつての青い日々を同じ寮で過ごしたこの後輩をヘレンは特別に気にかけていた。

純血主義を掲げる聖28一族に名を連ねるブラック家の嫡男・・として、一族からの期待を一身に受けて育てられたレギュラスは、後継としての器では無かった。他者を踏みにじってでも一族の矜持を守るブラック家において、レギュラスはあまりにも優しすぎた。
レギュラスの兄であるシリウスはそれを臆病と呼んだが、ヘレンはそうは思わなかった。聖28一族故に苛烈な純血思想を持ち合わせてはいるが、他者を思い遣り、手を差し伸べられる善人性を高く評価していた。
だがそれ故に一族を率いることができるほど、冷酷ではいられなかった。

当時、純血主義を掲げる者はヴォルデモート率いる死喰い人となる者が多かった。または死喰い人にならずとも、ヴォルデモートに共感し、マグル差別をする者も多数いた。
ブラック家であるレギュラスも例外ではなかった。齢16にして死喰い人になり、ヴォルデモートに心酔するようになった。ヘレンは再三離れるように告げ、レギュラスと死喰い人を引き離そうと試みたがどうにも上手くいかなかった。しかし当の本人に離れる意思がないのだから、仕方のない話ではある。
そしてヘレンの卒業後、レギュラスとの縁は途絶えてしまった。レギュラスもいくら傾倒していたとはいえ、愛する先輩を巻き込みたいとは思わなかったのだろう。


そしてヘレンの卒業後、1年が経つ頃にレギュラスが家へと訪ねてきた。他の死喰い人がいないか確認したヘレンは、レギュラスを家へ入れるとソファに座るよう促した。
「レギー、何があった?ゆっくりでいいから話してみなさい」
「……ヘレン、あなたは何度も僕を引き止めてくれました。あの時に僕は従うべきだったんだ。なのに僕が……僕のせいで……」
「大丈夫だから落ち着いて。そうだ、何か温かいものを淹れようか」
そう言って席を立ったヘレンにしがみつくようにして、レギュラスが追いすがった。
「行かないで。僕の目の届くところにいてください」
レギュラスの目が不安に揺れているのを確認すると、ヘレンはレギュラスの頭を優しく抱きかかえた。レギュラスはまだ18歳であり、庇護されるべき存在である。そんな彼が背負うものを察して、しばらくそのまま抱きしめ続けていた。

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