「ああ、最悪だ」
「レギー、落ち着いて」
「ですが!兄さんの短気さを甘く見ていました。まさか太った婦人に傷を付けるなんて」
「でもこれでシリウスがホグワーツにいることが確定したね。なら場所の予測はつくよ」
嘆くレギュラスに対して、懐かしむような笑みを浮かべるヘレン。しかしそれも突然の来訪者によって終わりを迎えた。

「ヘレン、シリウス・ブラックがホグワーツにいる可能性が高い。どのようにして侵入したかは不明だが、奴がお前を襲いに来るかもしれん」
「セブ、シリウスが僕を襲うって?」
「ああ。卑劣なあの男ならやりかねん」
ふん、と傲慢に鼻を鳴らして忌々しそうに吐き捨てるセブルスに我慢ならないとばかりにレギュラスが口を挟む。

「生憎兄さんは直接ヘレンに会ってどうこうできるほど、積極的じゃない。ヘレンの近くにいる僕やあなたを睨むのが関の山でしょう」
「レギー、それじゃあまるでシリウスが臆病者のようだ」
「ええ、ことあなたに関しては臆病者でしょうね」
あまりの言われようにシリウスを庇うヘレンだったが、あっさりと肯定され押し黙った。セブルスも思うところがあったのか、レギュラスに言い返すことはしなかった。

「とにかくヘレン、お前はハリー・ポッターに近付くな。奴がポッターを狙っている今、巻き込まれに行く必要はない。分かったな?」
有無を言わさぬ口調にヘレンは降参とばかりに両の手を上に上げ、「もちろん、きみがそういうなら」と了承の返事を返した。


セブルスが去ったあと、ヘレンは考え込むようにして顎に手をあてる。
「ヘレン?」
「シリウスは何で脱獄したんだ?」
「それはハリー・ポッターに会いたかった、とか」
「まさか、それなら入学時に脱獄してるよ」
そこまで話してヘレンは顔を上げてレギュラスを見る。

「きみだったらどうする?きみの大切な人を殺されて、自分が犯人にされた。10数年息を潜めて監獄にいて、急に脱獄を決めた」
「…………(もしヘレンが殺されて僕が犯人にされたとして)僕は……いや兄さんもきっと真犯人に復讐をします」
「復讐?」
ヘレンは復讐という言葉に複数回瞬きをした。まるでそんなこと考えもしなかったかのように驚いたのだ。
「恐らく真犯人はピーターだ。だとして、何故今頃?どこかで見つけたなんて……」
「アズカバンで閲覧できるのは新聞くらいかと」
「なら新聞にピーターが写りこんだ?いやだとしたらホグワーツに来る必要がない。ハリーに会いに来たとして、太った婦人を襲うのもおかしい」
再び思考の海に落ちるヘレンを横目に、レギュラスはシリウス脱獄日から数日前の新聞を取り寄せることにした。

「ヘレン!見てください」
レギュラスが指し示した先にはウィーズリー一家の記事があった。一見すると何の変哲もないただの微笑ましい記事だったが、問題はそれに写っている写真だった。
「指のかけた鼠……確かピーターは指を残して失踪しているはずだ。それにあいつのアニメーガスは鼠だ」
「兄さんもこれを見たのでしょう」
欠けたピースが合わさり、ヘレンたちの中ではシリウスの無実はほぼ確実なものになっていた。だがそれと同時に不安が過ぎる。

「もしシリウスが本当にピーターに復讐するつもりなら、止めないと」
「……何故です?あなたを苦しめた相手でもあるんですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。でもシリウスの無実を証明できる相手がいなくなるのは大問題だ」
「どうでもよくありません!できることなら僕がこの手で……!!」
ヘレンは自分のことにはいつだって無頓着だった。シリウスの下心とジェームズの悪戯心によって、ダンスパーティで女性物のドレスを着せられても、特に抵抗は見せなかった(シリウスが選んだであろうドレスがヘレンにとびきり似合っていたのは言うまでもないが)し、シリウスの嫌がらせにも似たちょっかいも咎めることなく、無関心を貫いていた。ちなみにシリウスのそれは2年生まで続いたが、あまりにも相手にされないため、アプローチを変えざるを得なかった。

そんなヘレンが自分にされたことで復讐など考えるはずもなく、レギュラスは代わりに己が手でピーターを殺してやりたいとすら思っていた。否、代わりなどではなく、ヘレンから自由を時間を奪ったことがレギュラスが気に入らない・・・・・・・・・・・・からこそピーターを殺してしまいたいのだ。命をもってその罪を償えと。
ただヘレンはそれを望まない。むしろ自分のせいでその手を血で染めることを嘆き悲しむに違いなかった。

「レギー、ありがとう」
レギュラスの頬をそっと撫で慈しみを込めてヘレンは最大級の感謝を贈った。

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