俺には10個程年の離れた弟がいる
弟は俺とは反対に身体が弱かった
後に俺は天与呪縛によるフィジカルギフテッドだと判明するのだが、弟には呪力も何もかもがなかった
それがこの家からどのような扱いを受けるのか、俺は誰よりも知っていた
俺達はこの家では存在しないものとされた
期待されることもなく、ただそこにあるだけだった
俺とは違う腹から生まれた弟は、俺が持つ身体の丈夫さも、本家の奴らが期待する高い呪力も、全て備わっていなかった
冷たい水で濡らした雑巾で床を拭く毎日も、俺にとって身体的な苦痛はなかった
だが弟はそうではなかった
冷たい水に長時間触れた弟は酷い熱を出した
女中も本家の奴らの誰もが弟を助けようとしなかった
俺は聞きかじった知識で柄にもなく必死に看病した
3日目にして熱がようやく下がった時、心から安心できた
普段から苦しそうに咳をする弟の姿を見ていた俺は、弟に雑務をさせたくなかった
にも関わらずあいつらは、横になっている弟を叩き起して掃除や洗濯などあらゆることをやらせた
そして弟が8歳になって間もなく、弟は死んだ
俺が家を離れている間に、熱で魘されている弟を引っ張り起こして雑用として働かせていたようだ
そしてばったりと倒れて、そのまま回復せず死んだ
医者も呼ばれず誰からも看取られず、弟は死んだ
あいつらに殺されたと言ってもいい
俺はその日のうちに家を出た
そして禪院の名を捨てた
見てくれだけで寄ってくる女の家を渡り歩くような日々を過ごしていた
そしてある女に出会った
俺はそいつに惹かれ、そいつも俺を愛してくれていた
俺達は結婚して、子どもが出来た
今までで1番幸せな日々だった
生まれたばかりの子どもを抱いたそいつの目は愛おしげにその子どもを見ていた
あの頃分からなかった家族という形を掴めた気がした
だが程なくしてそいつは死んだ
俺と子どもを遺して呆気なく死んだ
また愛が、家族が、わからなくなった
俺が恵と名付けた息子はどこか弟に似ていた
あいつと違って身体も丈夫だが、こいつも俺を置いて死んでしまうのではないかと勝手に思った
息子に情を向けたところで、裏切られる
そんな予感がした
だからその子どもをある女の家に置いていった
その家にはもう1人子どももいたが、俺が気にすることでもない
また女の家を転々とした
そんな日々の中とある依頼があった
【天内理子抹殺】
金払いが良かった、だから引き受けた
狙い通り五条を疲弊させ殺した
そして次は天内を殺そうと銃口を向けた
その瞬間脳裏に弟の声が聞こえた
“兄様、兄様”
ずっと前に忘れたと思っていた弟の声が俺を呼んだ
確か弟が生きていたら天内と同じ歳の頃だろう
そう考えると引き金を引く指が動かなかった
違うとわかっているのに、天内と弟が重なって見えた
弟を殺したあいつらと俺は同じなのではないか、いや違う
そう頭を振った
そっと天内に銃口を向ける
あの女は弟じゃない、弟はとっくに死んだ
殺せなかった
任務失敗だ
だが何故か胸がスっと軽くなった
生き返った五条宛に手紙を送る
あいつならきっと俺が売った息子をどうにかしてくれるだろうと
贖罪という訳では無いが、何となくそうするべきだと思った
先の弟の声が脳内から離れない
あいつは、あいつだけは俺を兄と呼び慕ってくれた
ああ、もう俺には人を殺せない
┈┈┈┈┈┈┈
おぎゃあ、叫び声にも似た声で目が覚める
僕は確かに死んだはずだった
だが何故か今生きている
やけに泣き声が近い
そして気づいた、泣いているのは自分だった
目が覚めたら僕は赤子になっていた
昔と違い洋風な部屋だ
昔と同じなのは泣いている僕に駆け寄る者がいないことだろう
そこまで考え、ふと兄様は元気だろうかと心配に思う
あの人はあんな家に閉じ込められていい人じゃない
誰よりも強くて優しくてかっこいい僕のヒーローみたいな人なのに
それを認めてくれる人はあそこにはいなかった
僕の頭を撫でる暖かい手も、心配そうに僕を見る優しい瞳も、抱きしめてくれるその温度も、僕は兄以外知らない
最後まで兄に言えなかったことがある
僕は呪霊が見えた
恐らく高い呪力を持っていた
身体が弱かったのは、高い呪力を体内に宿したまま放出出来なかったからだろう
誰にも言えなかった
兄の手が、瞳が、温度が僕を拒絶すると思ったから
きっとバレたら兄に嫌われてしまうから
昔の記憶に思いを馳せながら、辺りを見回す
自然と涙は止まっていた
隣の部屋から悲壮な女の声が聞こえる
「わ、私違うわっ!浮気なんてしてない、ほんとなの、ほんとなのよ…」
そして男の怒鳴り声も聞こえた
「だったらあの子どもはなんだ!赤い目なんて有り得ないだろ!!!」
バタンと扉を閉める音と遠ざかる足音
そして女の啜り泣く声だけが最後まで残っていた
赤い目、それは以前の僕のものだろう
もしかしたら外見の変化が無いのかもしれない
この夫婦に罪悪感を抱いた
僕を産んでしまったばっかりに、こんなことになるなんて
その後女は僕を捨てた
女の姉夫婦の家に僕を預けて、そのまま蒸発したらしい
そして姉夫婦にも子どもが宿っていた
にも関わらず2人は僕を本当の子どものように育ててくれた
そして弟が生まれた
すくすくと育つ弟に兄が昔僕にしてくれたことをする
可愛い愛しい、初めて庇護する対象が出来た
幸せだった
母が消えた
理由は知らない、ただ父は泣いていた
そして程なくして父が亡くなった
祖父が僕たちを引き取った
偏屈で皮肉屋な人だったけれど、一本筋が通った愛情深い人だった
祖父の愛情のお陰か、弟は素直で純粋で心の底から善人と呼べるような人に育った
人を疑うことを知らない弟にヒヤリとさせられる場面は多々あったが兄弟仲良くやっていた
話は変わるが、今も僕は呪霊が見えていた
呪力も以前と変わらずに有している
昔はバレたくない一心で押さえ込んでいたが、身体が弱いままだと弟を守れない
だから色々試して学んだ
弟といえば呪霊は見えないようだ
だが驚異的な身体能力を持っており、どこか兄を想起させた
今度は僕が守る番だ、そう胸に誓った
祖父が病気で倒れ交代制で家事を行う
今日は僕が家事をして、弟の悠仁が祖父の様子を見に病院に行く日だった
最近の悠仁から何か嫌な気配がしていた
呪霊のような、だがもっと恐ろしいものの気配だ
学校の百葉箱の中から漏れ出る気配と同じような禍々しさすら感じられた
それに気づいていた僕はもっと注意して弟を見ておくべきだったのだ
その晩、悠仁から祖父が亡くなったという連絡を受けた
慌てて病院に駆けつけるも悠仁の姿はなく、嫌な予感がした
悠仁に電話をかけるも繋がらない
悠仁に漂っていた嫌な気配を辿る
着いたそこは学校だった
元いた呪霊だけでなく、何かに引き寄せられるように多くの呪霊が集まっていた
やむなくそれらを祓いつつ進む
そして悠仁を見つけた
だが悠仁の隣には兄がいた
「兄様…?」
僕の声に兄が振り返った
違う、これは兄じゃない
「一般人か?今すぐここから逃げろ!」
兄に似た誰かが叫ぶ
「兄ちゃん!」
青年の声で僕に気付いたのか、悠仁が焦ったように僕を呼んだ
その時、呪霊の気配が近づいてくるのがわかった
「逃げて!」
そう叫ぶも遅かった
青年が呪霊によって壁に壁に投げつけられた
僕が何とかしなければ
悠仁もあの人も死んでしまう
青年と呪霊を追いかけるようにも、他の呪霊たちがそれをさせない
僕の術式は触れたものを捩じ切るというものだ
捻って曲げて殺すのを繰り返して、漸く彼らの元に辿り着く
だが、悠仁の様子がおかしい
この気配は悠仁じゃない
これはあの禍々しいやつだ
──鏖殺だ
そう叫ぶ悠仁の声が聞こえた
だが悠仁は自分の首を絞め始め、そして元の気配へと戻った
「悠仁っ!!」
悠仁に駆け寄るも青年に腕を掴まれる
「危険だから近寄るな」
「オマエはもう人間じゃない」
そんな青年の声が遠くで聞こえる
違う違う悠仁は人間だ!
でもそれを示す証拠がない
「オマエを“呪い”として祓う」
青年の声にハッとする
「ッ駄目、駄目違う!悠仁は人間だ!絶対祓わせない、僕の命に替えても悠仁は殺させない」
青年の手を振り切り悠仁の前に出る
悠仁だけは守らなければいけない
「何ともない」と平気そうに言う悠仁に青年は頭を悩ませた
悠仁を庇いながら僕は青年に告げる
「これは悠仁だ、兄である僕が断言する」
そこへ正しく変質者といった姿の男が現れた
そして悠仁に“スクナ”と入れ替わるようにと告げ、10秒間の短いようで長い戦闘が始まった
そして10秒後悠仁は自我を取り戻した
謎の男はそんな悠仁を気絶させ、青年に「彼をどうするべきか」と聞いた
「殺さないで下さい、僕のたった1人の家族なんです」
必死に頭を下げる
そんなことをしても意味が無いと頭ではわかっていた
だが青年も悠仁を死なせたくないと言ってくれた
そして男はその願いを聞き遂げるようだった
「で、君は?」
謎の男がそう僕に問う
「虎杖巴、悠仁の兄です」
「ねえお前何者?その顔見た事あるんだけど」
「この人に会ったことあるんですか?」
「いや確か虎杖じゃなくて禪院巴って名前だったよ」
──それにとっくに死んでるはずだ
→