謎の男改め、五条悟と名乗った男は弟をどこかに連れていった
僕は家で待機させられた
祖父の死や弟のこと、それから色々と考えたいことは沢山あった
外に監視がいるとはいえ、一人になれる時間を貰えて良かった
弟の無事は五条さんが約束してくれた
それだけで僕は十分だった

それにしても五条悟とは、随分と大層な人物が現れたと思う
この身体では聞くことはなかったが、禪院の家にいた時はよく聞く名前だった
──五条悟が手合わせで一級呪術師に勝った
──五条悟があの歳でもう一級を祓った

──五条悟は禪院の落ちこぼれ共と違って本当に優秀だ

いつだって五条悟を褒めながら、五条家を羨みながら、僕達を見下していた
五条悟の名前を聞く度に兄様はぎゅっと拳を握りしめ、何かに耐えるような顔をしていた
その手を僕が両手で包むと擽ったそうに、それでも嬉しそうに笑ってくれた
兄様の苦しい顔を見るのが嫌で、僕はよくそうしていた


閑話休題

恐らく数時間は経っただろうか
五条さんがやって来た
五条さんが言うには、弟は秘匿死刑が決まったそうだ
だが“スクナ”の指を全部悠仁が食べた後に殺すのだとか
“スクナ”の指もそう発見されていないらしく、短い命にはならないと五条さんが保証してくれた
“スクナ”とは両面宿儺という呪いの王らしく、本来それを食べて生き残れる人間はいないらしい

らしいばかりになってしまったが、禪院にいたときから呪術やら呪霊やらの知識を蓄える術を持たなかったので許して欲しい
とりあえず弟が特異体質であるが故に無事だったことは理解出来た

「…五条さん、ありがとうございます」
弟が宿儺の指を食べる羽目になったのは呪術師の怠慢だと思わないことも無い
だがきっとこの人は弟を救うために尽力してくれたのだと思う
だから、兄として伝える言葉は感謝以外無かった

「うん。巴、ごめんね」
五条さんの謝罪が指すものは悠仁のことか、これからの僕のことか
どちらにせよ、五条さんが謝る必要のないことだ。
悠仁が両面宿儺を取り込んだのも、僕がこれから尋問されるであろうことも仕方の無いことだった


悠仁には会えないまま僕は荷造りをさせられ、そしてホテルのような場所に移動させられた

「率直に聞くね、君と禪院巴の関係は?」
「禪院巴は僕です」
「禪院巴のガワだけ使ってる訳ではなさそうだね」
どう説明していいものか迷う
「ご存知の通り禪院巴は8歳で死にました。僕は同じ魂で生を受けたのだと思います」
「じゃあ禪院巴の記憶もあるわけ?」
「はい」

「なら伏黒甚爾のことは?」
五条さんは兄について言葉を選んでいるようだった
「伏黒?兄様は禪院を出たのですか?」
「ああ、そっか君は知らないのか」

「さっき一緒にいた子は、君の言う兄様の子供だよ」
「兄様の子供?」
「そう、恵っていうの。良い子だよ」
「恵…つまり僕の甥?」
「そうだね」
込み上げてくる感情につける名前がわからない
ただ、兄はあの家を出て家庭を持って幸せになったのだろう
それは僕にとって喜ばしいことだった

「兄は、恵くんは今幸せですか?」
「さあ?それは本人たちに聞かなきゃわからないよ」
五条さんの言い方はどこか冷たい気がした

「巴、君はどうしたい?」
唐突に五条さんが尋ねた
「どう、とは?」
僕にはその意味がわからなかった

「伏黒甚爾に会いたい?」
「会わせてもらえるんですか?」
僕には会わないという選択肢はなかった
「会ったら悠仁と暮らせなくなったとしても?」
「どういうことですか?」

「多分あいつは君を離さないよ、誰からも害されないように閉じ込めてね」
「それは…。でも恵くんもいるんですよね?」
五条さんの口ぶりから、僕の死が兄の心に深い傷を残してしまったのだと察した
だが、兄様には家族がいるはずだ
僕なんかよりもっともっと大切な人ができているはずだった

「あいつは恵を禪院に売ろうとしてた」
「嘘だ!」
あそこは地獄だった。兄がそんなことをするはずがない
「恵には相伝の術式があった」
「ッ!!!」

──禪院家に非ずんば呪術師に非ず
呪術師に非ずんば人に非ず

僕達にとってこれは呪いにも似た家訓だった

でも、でも禪院の術式をもった恵くんは?
もしかしたら僕達とは違った意味の言葉になったのかもしれない

「でも恵は僕が後見人になってる、そう頼まれた」
なけなしの良心が痛んだのかな、そう続けながら五条さんは言った
「五条さんは兄のことがお嫌いなんですか?」
先程から兄のことを話す五条さんは、どこかぶっきらぼうで棘すら感じられた
「まああいつには1回殺されてるからね」
事も無げに言い放った五条さんに僕は言葉を失う

「まあいいや、とりあえず君は呪霊って感じでもないし。高専に歓迎するよ」
先の雰囲気とは打って変わってにっこり笑って五条さんは僕に言った
「君の兄とは、まあ追々ね」

「じゃあ巴はここ使っていいから、また明日迎えに来るね」
そう言い残して五条さんは消えた



翌日、約束通り五条さんはやってきた
そして瞬間移動─瞬間移動なのかはよく分からないが僕にはそう感じた─で寺院のような場所まで飛んだ

「五条さん、ここは?」
「東京都立呪術高等専門学校、これから巴が通う学校ね」
「そうですか、悠仁もここに?」
「うん、先に着いてるよ」
そう言って歩き出した
高校とは思えない景色に視線をキョロキョロさせながら着いていく
「あ、先に面接してもらうから」
「面接ですか?」
「まあ巴なら大丈夫だよ」


着いていった先にいたのは、ヤのつく自由業を思わせる風貌の男だった
「悟、彼は?」
その男は五条さんにそう問いかける
「虎杖巴くん、さっきの悠仁のお兄ちゃん」
「聞いてないぞ」
呆れたような困ったような視線を五条さんに向けた男は、夜蛾正道と名乗った
高専の学長らしい

「君はここに何しに来た」
夜蛾学長は僕にそう尋ねた
何となく質問の意図を感じ取る

「僕は…」
僕は言われるがままにここに立っている
呪力があって、弟が宿儺の指を食べて死刑になりかけて、前世は禪院の家の者で、だが何故僕は高専に通うのだろうか

ああそうだ、僕は
「僕は弟の手を掴むためにここに来ました」
「それはつまり弟のためか?」
「まさか、僕が来たところで弟の死刑は変わらないし僕にはそれを止める術はありません」
事実僕は無力で五条さんがいなければ、何も出来ずに後から弟の死を知るだけだっただろう

「でもここで弟から見て見ぬふりしたら、僕は絶対に後悔します。このまま知らんぷりすれば、僕はきっと長生きだって出来るでしょう。でもその隣に悠仁はいません。だから僕はどんなに短くたって大切な人のそばに居る人生を選びます」

「それが僕の後悔のない生き方です」

「呪術師に悔いのない死はない、それでも君は後悔しないと言うのか?」
「死んでからする後悔なんて、それこそ死んでみないとわかりません。でも生きる上でした後悔は一生付き纏う。僕はそれが嫌だ」

「合格だ、ようこそ呪術高専へ」
夜蛾学長がそう言って手を差し伸べてくる
そっと握手を交わし、部屋を後にする

「巴、君の歳だと本来2年生に編入になるんだけど呪術を学ぶなら初心者同士悠仁と一緒に学んだ方がいいと思うんだよね。どうしたい?」
「僕はどっちでも。僕を監視したいならそう言えば受け入れますよ」
僕の異質さはわかっている
それに術式の不安定さも相まって危険視されているのだろう
「そう?じゃあ僕のクラスの生徒ってことで。それから暫く悠仁との過度な接触は控えてね」
「そう言うなら構いませんが、どうしてですか?」
少なからず恩人である五条さんの言いつけは守りたいが、疑問は残る
「君が両面宿儺にどんな影響を及ぼすかがわからない。どうやら宿儺は君に興味があるみたいだから」
そう言って五条さんは僕の頭を雑に撫でた

「五条さん、いや五条先生と呼んだ方がいいですか?」
さっきの話からすると、五条さんは僕の担任のようだし呼び方を改める
「別に何でもいいよ。でも先生って呼ばれるのなんかいいね」
「その拘りはわかりませんが、わかりました。五条先生、兄弟共々よろしくお願いします」




┈┈┈┈┈┈

時は戻り、先に東京に行った虎杖は寮の部屋の前で伏黒と話していた

「なあお前の兄はどんな人なんだ?」
伏黒は虎杖の兄の顔を思い浮かべながら尋ねた

ちなみに五条は虎杖に部屋を案内すると「巴もそのうち連れてくるから!」と言って消えた

「兄ちゃんかー、うーん何だろ。目が離せない人かな」
「は?」
「兄ちゃんさ、あんなしっかりしてそうに見えて意外とドジでよー」
虎杖はケラケラ笑いながら話す
「俺にはもっとしっかりしろとか、危機感持てって言う癖に自分は全然なんだよ」
伏黒は聞きたかったのはそういう事ではない、と思いながらも嬉しそうに話す虎杖の様子に口を噤んだ
「道教えて欲しいって言うおっさんについて行って、車ん中連れ込まれそうになるし、女子に呼び出されて告白断ったら押し倒されてるし」
「…大変だな」
「まあな、兄ちゃん優しいからなあ」

「なら禪院巴って名前に聞き覚えは?」
「知らない!てか兄ちゃんと同じ名前じゃん」
そう話す二人に黒い影が差した



「恵、なんでお前がその名前を知ってるんだ?」
急に現れた男に二人は驚いて男を見上げる
「ッチ、五条先生が禪院巴と虎杖巴そっくりだとかって」
「そいつはどこだ?」
威圧感たっぷりに男は聞いた
「何お前、兄ちゃんに何する気?」
虎杖が唸るように言った

「そいつが巴なら何もしねえが巴じゃねえなら殺す」
そう話す男の顔は本気だった
「意味わかんねー!兄ちゃんは巴だし」
「虎杖、この人が言ってるのはそういう事じゃない」
「で、どこだよそいつ」
「今五条先生と一緒にいるはずだから、手出しは出来ねえよ」
──クソ親父
伏黒がそう言って男を睨みつけた

「え、父親?伏黒の??確かにめっちゃ似てる!」
虎杖が驚いたように二人の顔を見比べる

「残念ですが虎杖巴は五条先生の監視下に置かれるようですよ、伏黒先生」
恵が皮肉を込めそう言った
「伏黒先生?」
こいつ先生なの?とでも言いたげに虎杖が甚爾を見た
「チッ」
甚爾が先程の息子同様に舌打ちをする

「おい恵、そいつが来たら連絡寄越せ」
「断る」

そう言って恵は部屋に戻った

「なあ伏黒先生、兄ちゃんとどんな関係なの?」
「お前の兄と巴が同じかは知らねえが、禪院巴は俺の弟だ」
「へえ、でも兄ちゃんは俺の兄ちゃんだからアンタにはやんねえ!」

そう言い捨てた虎杖も部屋に戻り、甚爾だけがその場に残っていた



やがて、ずっと昔に嗅いだ懐かしい匂いが鼻をかすめた

その瞬間甚爾は走り出した

「ッ巴!!!」