「俺と一緒に生きろ」

甚爾の声はぶっきらぼうで、だがしかし確かに執着の色が滲み出ていた
そして巴はその言葉に頬を染めて、頷いたのだった


「おい恵、近い離れろ」
甚爾の声に恵はイラッとしながら巴から離れる
甚爾が巴に手を出したというのは高専では周知の事実となっていた
それも甚爾が巴に近付く者に容赦無く噛み付くからである
勿論恵も例外ではなかった

しかし甚爾が誰よりもライバル視しているのは巴の弟の悠仁であった
弟だからと無条件に甘やかされる悠仁が気に食わなかった
甚爾の目の前にいようと、いつも巴は悠仁の心配ばかりしているのだ
一度悠仁が死んだことが余程堪えたのだろう
それは甚爾も分かっていた
だが弟が死んだのは甚爾も同じである
悠仁を思うばかりに無茶をする巴が、また目の前から消えてしまうのではないかと甚爾には怖くてたまらなかった

巴は優しいのだ
だから甚爾と付き合っているのも、前世で自分を残して死んだ引け目からではないかと思う時がある
つまりは取られるのが怖いのだ
甚爾はやっと手に入れた宝物を奪われないように必死だった

「兄様」
「おい、その呼び方もやめろって言ったよな」
甚爾の咎めるような声に巴は少し恥じらう様子を見せた
「甚爾さん」
「ああ」
まだ“甚爾さん”という呼び方に慣れない巴は度々兄様と呼んでしまう
甚爾は恥ずかし気に言い直す巴のこの姿が好きだった
ちなみに五条に「新婚さんみたいだね」と揶揄われたことで、巴の恥ずかしさが更に加速したのは言うまでもないだろう




さて巴といえば、甚爾の大人びた雰囲気に落ち着かないでいた
何せ巴が死ぬ前甚爾は成人すらしていなかったのだから
甚爾の一挙手一投足から滲み出る大人の色気は、巴にはまだ早かった
甚爾の口から吐かれる甘い言葉の数々に巴の頭は常に沸騰寸前だった

甚爾は嫉妬を表に表す
巴はそれに気恥ずかしさを感じていたが、同時に愛されているとの実感もしていた

自分は甚爾にその愛を返せているだろうか
巴は不安だった
親愛以外の感情なんて初めてだった
それを伝える術を知らなかったのだ


だから甚爾が女の人と腕を組んでいるのを見た時、頭が真っ白になった

それは恵との任務帰りのことだった
買いたい物があるという恵に着いて行くため、補助監督の車を断り街を歩いていた
ぶらぶらと歩いていると、見慣れた背中が見えた
声をかけようと踏み出したとき、甚爾の隣の女性に気が付いた

不自然に足を止めた巴の様子に、恵も巴の視線の先を追った
そしてそれを見た
恵が甚爾を問い詰めるため、その背中に駆け寄ろうとするも隣からハッハッと荒い呼吸が聞こえて足を止める
巴は軽い過呼吸を起こしていた

恵は舌打ちを零すと巴を通路の端に屈ませ、ゆっくりと息を吐かせた
巴の様子が落ち着いたのを見て、補助監督に電話を掛け車を要請する
巴の呼吸は正常に戻ったものの顔色も悪く、汗も酷かった

「恵くん、ごめんね」
それでも謝罪を口にする巴を見て、甚爾に対する怒りが湧き上がる
「俺は別に。それよりその、親父が悪かった」
あれを見て恵を気遣える巴は、紛れもなく善性なのだろう
恵はここまで甚爾に対して殺意を覚えたことは無かった

「恵くんは謝らなくてもいいのに。それに僕が悪いから」
恵は巴の言葉に正気を疑った
「巴さんは悪くないだろ」
「僕がもっとちゃんとしてれば兄様も僕のことを好きでいてくれたよ」
悲しげに笑いながら話す巴は、心からそう思っているようだった
甚爾は悪くない、悪いのは自分だと
これ程胸糞悪いことがあるだろうか

補助監督に連れられ寮へと帰る
不自然な二人の様子に補助監督は触れるに触れられず、黙って車を運転していた


寮に着いてから再び巴は恵に謝罪して部屋へ戻って行った
恵は甚爾の五条とは違ったクズさを知っていた
女の元を転々としながら暮らしていた時期があったことも話には聞いていた

だが甚爾の巴を見るあの目から、もうそれは過去の話だと思っていた
憎まれ口を叩きながらも恵は甚爾を信じていたのだ
それを甚爾は最悪の形で裏切った
巴を傷付けた甚爾を、恵は決して許さない


一方、巴は部屋で一人泣いていた
甚爾が女の人と腕を組んでいたからではない
自分の不甲斐なさからだ
きちんと想いを伝えていれば、こんなことにはならなかったのでは無いか
甚爾の気持ちが離れたのは自分がその思いにきちんと応えられなかったからではないか
後悔ばかりが胸を刺す

あの光景が頭から離れない
断ち切れた糸を結ぶ術を巴は知らなかった


甚爾が香水の匂いを纏って高専へと戻ると、そこには恵が仁王立ちで待ち構えていた
「あ?何か用か?」
かったるそうに甚爾は尋ねた

「昼間、俺と巴さんはアンタを見た」
その言葉に甚爾は罰が悪そうな顔をした
「何勘違いしてんのか知らねぇが誤解だ」
シッシッと恵を振り払うような動作をして歩を進めようとする
だが恵は頑としてそこを通さなかった
「説明が先だ」
「俺が巴に話すからお前はもう寝ろ」
恵は首を縦に振らなかった
「俺が納得する理由が無いならあの人には会わせねえ」

「わーったよ」
甚爾はガシガシと頭を搔くと、恵に向き直った
「あの女から情報貰ってたんだよ、何ならその情報も教えてやろうか?」
「ならあそこまで密着する必要はないだろ!」
巴の悲しんだ顔を思うと、任務だから仕方ないでは済まない気がした
「チッ、それが一番手っ取り早く得られんだよ」
「その度に巴さんを泣かすことになっても?」
「…アイツ泣いてんのか?」
恵の言葉に甚爾は気まずそうな顔をした
「今回は俺が悪かった、次からはしねえ」
そして一転して態度を改めた
この人でなしも恋人の涙には弱いらしい
「別に。巴さんにちゃんと謝れよ」
そして恵は部屋に戻って行った

残された甚爾はそれはもう内心喜んでいた
あの巴が自分に嫉妬し、あまつさえ涙を流すなんて
恵に言った通り反省しているのは事実だ
恐らく情報収集ももっと上手くやるだろう

ただそれよりも巴が“そういった”意味で自分を好きであると分かったことが何よりも嬉しかったのだ
足早に巴の部屋に向かう
まずは謝罪とそれから沢山の愛を
そして同じように沢山の愛を貰わなければ



翌日、目を赤くした巴が照れ臭そうに、だが幸せそうに甚爾の横で笑っていた
その様子を見た恵は安心したのだった
だが甚爾の頬は赤く腫れ上がっており、その犯人である悠仁はムスッとした顔で二人を見ていた

けれどそれは確かに幸せの形だった