──従兄弟は結婚できるらしいよ
かつての五条の言葉が悠仁の脳内をぐるぐると回る

巴と再会して悠仁は真っ先に尋ねたことがあった
本当に自分たちは兄弟じゃないのかと
少し驚いた様子を見せた巴だったが、悠仁の質問にしっかりと頷いた

「隠していたつもりじゃないんだけど、知らないなら知らないままでいいかなって」
そう話す巴は寂しげな様子で、恐る恐る悠仁を見上げる
「従兄弟だろうと兄ちゃんは兄ちゃんだしな!」
ニカッと笑って言う悠仁に巴は安心したように微笑んだ


数ヶ月前、確かに悠仁は何があろうと巴は自身の兄だとそう言った
だが悠仁はそれを撤回したいと思い始めていた

五条に言われて巴と結婚する未来を少し想像してしまったのがいけなかった
ふんわり笑って「おかえり」と迎えてくれる巴、「寝坊助さん」と優しく起こしてくれる巴、美味しい料理で労わってくれる巴
それは正に理想的な日常だった
なお宿儺の「いつもと変わらんだろう」という声は無視した
悠仁は自分以外が巴の隣に立つことが許せなかった

巴の弟として傍に居ることは出来るだろう
しかしそれでは巴に大切な人が出来た時、きっとあの日常を享受出来なくなってしまう
巴は自分だけのものでいて欲しかった

そのためには兄弟であることは邪魔だった
だから悠仁は寮を出る前に「兄ちゃん」ではなく「巴」と呼び捨てで呼んでから任務に向かった
言い逃げしたのは少し悪いと思っている

その後悠仁が恵にその時の巴の様子を聞いたら、「悠仁が反抗期になった」と涙目で一日中落ち込んでいたという
仄暗い独占欲が満たされるのを感じた
何せ巴が一日中悠仁のことだけを考えていたのだから

悠仁が兄と呼ばなくなって巴は暗い表情をすることが増えた
それも自分のせいだと思うと心が踊った
しかし悠仁も巴を悲しませたい訳では無い
兄と呼ばずとも、兄弟だから許されている距離感で変わらずに過ごしていた
巴はそれにも戸惑いを覚えていただろう
それすらも悠仁の無自覚な計画だった

巴が悠仁に兄と呼ばれなくなってから十数日後、漸く巴の心の整理が着いた
悠仁の兄離れを悲しんでいたが、もしかしたら自分こそ弟離れをするべきではないのか
そう考えるようになった

悠仁が一度死んで巴の心は打ちのめされた
本当に守りたい者を守れず、寧ろ守られてしまった
後悔と絶望が一気に襲いかかった
眠ることが出来なくなった
最期の悠仁の顔が忘れられない

悠仁が再び目の前に現れて、巴はまた前を向けるようになった
巴は悠仁がいなければ駄目なんだと強く思った
だからもう誰にも奪われないように自らの手で雁字搦めにしておきたかった

しかし悠仁自らその囲いから飛んでいってしまった
大袈裟かもしれないが、兄と呼ばれなくなった時そう感じたのだ
それこそ初めは悲しかった、寂しかった、虚しかった
だがこれは転機なのかもしれない
そう思えるようになった
兄にべったりと依存されていては悠仁はきっと幸せになれない
そして巴は弟離れを決めたのだった
それからというもの

「巴ー!一緒にゲームしよう!」
「ごめんね、ちょっと所用があって。恵くん誘ってみたら?」

「巴!明日この映画見に行かない?」
「うーん、明日は兄様と出掛けるからごめんね」

「なあなあ、今日一緒に寝よう?」
「悠仁体温暑いからまた今度ね」

などと悠仁の誘いを理由をつけ尽く断った
だが巴は兄弟の適切な距離感を知らなかった
上も下もべたべたと接してくるため、それが当たり前だったのだ
そのため巴は少し距離を開けて接するのではなく、一切を断ち切ることが弟離れだと思っていた

当然面白くないのは悠仁である
大好きな兄が自分を避けるのだから
恵でさえ悠仁に「喧嘩でもしたのか?」と聞いてくる始末
更にそれを聞いていた野薔薇も「早く謝って仲直りしなさいよ」とまるで悠仁が何かをしたと断言したような物言いだった

最悪なことに巴に距離を置かれると宿儺も黙っていない
やれ巴に会わせろだの、巴の顔を見せろだのと孫の顔を見たがる爺婆の如く悠仁を嗾けるのであった

そして遂に悠仁の堪忍袋の緒が切れた


──ガタンッ
前門の虎杖、後門の壁の状況が出来上がった
挟まれた巴はといえば、タラリと冷や汗を流している
「ねえ巴、俺に何か言うことあるよね?」
悠仁の迫力に思わず息を呑む巴だが、直ぐにハッと思い付き弁明する
「いやあのね、僕もう弟離れするべきだと思って、だからあの、ね、ほら」
段々もごもごと口篭っていく巴に悠仁は大きく溜息を吐いた
「なーんだ、俺てっきり巴に嫌われたかと思った!」
にこやかに話す悠仁に巴は安堵した
─でもさ、弟離れもいいけど俺のこと弟として見られないくらい俺に依存してよ
と先程の笑みを消し、射るような目で巴を見ながら話す悠仁
その眼光に巴の心臓はドキリと音を立てた

しかし果たしてその音は恋か恐怖か、それを知るのはまだまだ先の話である